カテゴリー「「堂上ファミリー物語」特集」の記事

「新しい血」導入による勝利

本日の中日対東京ヤクルト戦の、8回裏の中日ファンにとっては“奇跡的”ともいえる逆転劇をスカパーJスポーツテレビで観戦していて、つくづく「新しい血」を入れることの重要性を痛感しました。

この8回裏、1対2の僅差を追うドラゴンズは、先頭打者の代打堂上剛裕が、自身の信念どおりに初球のストライクを積極的に打ちにいって、ショートの頭を越える左前安打で出塁し、続く井端が鮮やかなヒットエンドランを決めて無死一三塁の好機を演出しましたが、こういう好機を演出するのはドラゴンズ野球の得意なところで、ここから点に結び付けられるかが、ドラゴンズの長年の「課題」となっていました。

案の定、絶好のチャンスに打席に立った荒木は、普段のちょっと“ニヒルなクールビューティフェイス”とは打って変わった“入れ込み過ぎ”の表情で打席に立っていて、明らかなボールに空振りするほど緊張の極致に陥っていたので、スワローズ内野陣の前進守備に引っ掛かるショートゴロを打ってしまい、この当たりでホームに突っ込まざるを得なかった堂上剛裕が本塁憤死で、一死一二塁の“平凡な”好機にトーンダウン。

続く森野も、今季の目まぐるしく変更される守備位置の負担から来る疲労からか、ストライクとボールの見極めがきちんとできずに、中継ぎ投手に“降格”したスワローズの左腕石川投手に遇えなく三振に切って取られ、遂に二死一二塁という、適時安打しか同点に追いつけない“絶体絶命”のピンチに。

長年ドラゴンズファンをやってきた経験からすると、こういう追い込まれた場面で同点打を打てるドラゴンズの選手は非常に限られており、多分だめだろうなという“空気”が、何となく球場全体にも漂っていたように感じられました。

東京ヤクルト側も、次打者の中村紀洋が右打者ということもあり、万全を期して、ヤクルトの“代替”守護神、右打者が苦手とするスリークオーター気味の速球とフォークが武器の館山投手にスイッチ。

だが、ここでいつもと違う“奇跡”が起こり、中村紀洋は館山の甘いフォークを、右中間に落合監督張りの流し“押し出し”打ちで逆転の二塁打を放ち、これでほぼ、本日の試合の決着を付けました。

この試合の“流れ”を観ていて感じたのは、昨年までの中日ドラゴンズのメンバーだけで戦っていたら、たぶん、この絶好の好機を逃していただろうな、ということでした。

いみじくも、この試合のテレビ解説者の川又米利氏も、試合終了後に「あの場面(二死一二塁)で中村紀洋が逆転打を打たなかったら、たぶんこの試合に負けていたでしょうね」というコメントを述べていたことにも、大部分のドラゴンズファンや関係者がそのような“空気”を感じ取っていたことが表れています。

しかし、この8回裏の逆転劇は、先頭打者の代打として出塁した堂上剛裕と、従来の多くのドラゴンズ選手たちが持っていない、いい意味での「ずうずうしさ」を保持している中村紀洋という、「新しい血」に救われた試合であったともいえます。

“奇跡”の逆転劇の興奮が醒めて、本日の逆転試合をようやく冷静に振り返る余裕ができると、3月30日に開催された、今季開幕戦の対東京ヤクルト戦の逆転劇に非常に似ていたなという感想を持ちました。

http://dragons.cplaza.ne.jp/game/backscore07/score070330.htm

この試合、開幕投手の川上が、7回まではかろうじて2対1とリードを保ちながら試合を進めていましたが、8回表のヤクルトのリグスに、“魔さか”の逆転2ランホームランを打たれて、球場とテレビで観戦していたドラゴンズファンは、意気消沈して8回裏のドラゴンズの攻撃を見守っていました。

8回裏には先頭打者の福留が安打で出塁するも、タイロン・ウッズが併殺打に倒れて二死走者なしとなり、意気消沈のダブルパンチを食らったのですが、続く李炳圭(イ・ビョンギュ)が、左中間フェンス直撃の鮮やかな流し打ちの二塁打を放って再び好機を演出し、「ひょっとしたらいけるかも」と、ドラゴンズナインとファンを再度激励し、この回に5点を取る逆転劇を演じたのですが、この時に、本日と同様に右中間方面に同点の二塁打を放ってガッツポーズを決めたのも、中村紀洋でした。

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8回表
(H)真 中 センターヒット 1塁 中2-1ヤ
青 木 セカンドライナー 1アウト 1塁 中2-1ヤ
田中浩 サードゴロ 2アウト 2塁 中2-1ヤ
リグス センターホームラン 2アウト 中2-3ヤ
ラミレス センターヒット 2アウト 1塁 中2-3ヤ
ガイエル ライトヒット 2アウト 1・2塁 中2-3ヤ
宮 本 空振り三振 3アウト 中2-3ヤ
8回裏
福 留 ピッチャーヒット 1塁 中2-3ヤ
T・ウッズ サード併殺打 2アウト 中2-3ヤ
李炳圭 左中間二塁打 2アウト 2塁 中2-3ヤ
中村紀 右中間二塁打 2アウト 2塁 中3-3ヤ
森 野 敬遠 2アウト 1・2塁 中3-3ヤ
(H)立 浪 センターヒット 2アウト 1・3塁 中4-3ヤ
(H)澤 井 左中間二塁打 2アウト 2・3塁 中5-3ヤ
井 端 右中間スリーベース 2アウト 3塁 中7-3ヤ
荒 木 セカンドゴロ 3アウト 中7-3ヤ

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そういう意味では、本日の試合と開幕戦は、8回裏という終盤の逆転劇という共通項があり、それも、李炳圭(イ・ビョンギュ)、堂上剛裕と中村紀洋という「新しい血」を入れていたことによってもたらされた、いわばベンチの戦力補強の勝利であったともいえるでしょう。

さて、いよいよペナントレースが佳境に差し掛かり、すでに騎手(監督)が目一杯、馬(選手たち)に鞭を打っている球団と、本当の正念場はもう少し先にあると考えて、鞭を持ち替えてはいるがまだ本格的には叩いていない球団と、この三つ巴戦を戦うスタイルも様々ですが、プロは結局は結果が全て。この10月にしか筋書きのないドラマは決着が付かないことでしょう。

ていうか、クライマックス・シリーズ(私は「暗いMAXシリーズ」と揶揄しています)が強制的に導入されてしまったので、ペナントレース(「優勝」を争うレース)はともかく、興行上の日本一を目指す日本シリーズの出場については、どうしても10月まで決着がつかないわけですけど。

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薄氷勝利の後、タナボタの首位復帰

やれやれ 。

本日の試合で中日は、8回裏にまたもや「岡本劇場」で無死満塁になるも、久々に一軍に戻ってきた、高橋 “AKI PU MI EXPRESS” 聡文の“160キロ”(ドミニカン・スピードガン計測時)の速球で、かろうじてピンチを脱することで試合の流れを引き戻し、結局、ストッパーの岩瀬もだいぶ自信を取り戻してくれたようで、かろうじて1点差の接戦を逃げ切ることができました。

うちの薄氷を裸足で渡ったような勝利は、あまり後味の良いものではありませんでしたしね。8回裏の無死満塁の大ピンチで、鳥谷のセカンドゴロを捕球した荒木が、併殺をあせってジャッグルし、それをかろうじてカバーした井端が二塁ベースを踏んだのと相手の走者がベースを踏んだのがほとんど同時という微妙なタイミングでしたが、塁審井野のアウトのジャッジに対して岡田監督が猛抗議の末に彼を小突いて退場宣告を受けました。

スカパーで試合を中継していたGAORA(サンテレビ?)の解説陣は完全にセーフだと主張していましたが、実際はどちらともいえる微妙なタイミングだったように(まあ、封殺プレーの場合は、同時のタイミングはセーフになるそうですが)思われました。

ただ、印象点として荒木がジャッグルしたことを考えるとセーフと判定されても仕方がなかったともいえ、そうなると3対2で1点差に迫られた上に無死満塁の大ピンチが続いたことになり、確かに試合の流れからすると阪神に逆転されていたかもしれません。

勝った中日にしても、結局は快勝とはいえず、まあ、当分はダンゴ虫レースが続く感じですね。

しかし、当面のライバルである讀賣ジャイアンツが勝手に負け続けてくれたので、いわば、タナボタの首位復帰となりました。

ジャイアンツが5連敗というKO状態になってしまった直接の原因は、1人の若者が放った、あの強烈なアッパーカットであったことは言うまでもありません。

あの強烈なサヨナラ迫撃砲弾(この時、テレビ中継していた東海テレビのアナウンサーと解説者は、堂上剛裕の打球に対して、最初は外野陣の頭を超えたタイムリー安打だということは認識していましたが、まさかフェンス越えの本塁打だったとは思わなかったようで、「2対1のサヨナラ勝ち」と叫んでいましたが、二人が打球の行方を完全に見失うほど、あの当たりが“高弾道”であったことを物語っています)がなければ、今頃、讀賣ジャイアンツは、中日・阪神・横浜三つ巴の星のつぶし合いを高みの見物と決め込んで、広島東洋カープとの対戦にも余裕を見せながら、この三連戦を勝ち越していたことでしょう。

やはり、野球は怖いというのを、改めて実感しましたね。

さて、残念ながら、この三連戦で藤川球児と堂上剛裕の対決は見られませんでしたが、今度はナゴヤドームで“竜虎闘争”が勃発するので、そこで実現することでしょう。

お楽しみはもう少し先に取っておこうということで。

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果たして、藤川球児は堂上剛裕に速球を投げてくれるのか?

「今度はタイガースの投手陣が堂上剛裕選手と対戦する番ですが、たぶん相手はまずは舐めて掛かってくることでしょう。それに対して彼がどんな攻撃を仕掛けられるのか、まずはじっくりと見守っていくことにしましょう。」

と、昨日私はある意味、非常に楽観的に考えていたのですが、実は違いました。

私が、昨年から愛読しているデジタル堀さんが書かれている「理論派塾D  ‘06 デジタル理論派塾の逆襲」

http://rironha.blog63.fc2.com/

というブログがあるのですが、 7月24日(火)の記事  「夢を見たんだ。ほんの一瞬」

http://rironha.blog63.fc2.com/blog-entry-438.html#438

を読み返してみて、改めて、この日の最終回の攻防を「東海ラジオガッツナイター」でラジオ観戦した記憶が甦ってきました。

この、後半戦最初のナゴヤドームでの対阪神三連戦の初戦は、最終回、5対8と3点差で大きくリードされるも、無死満塁で本塁打が出れば逆転サヨナラという緊迫した展開となり、抑えのピッチャー藤川に対して、この時点で一軍ではまだノーヒットだった堂上剛裕外野手が代打として登場すると、ナゴヤドームは異様な喚声に包まれたのでした。

昼間の甲子園、ウェスタンリーグのデーゲームでの対阪神戦で起死回生の本塁打を打ったという実績が認められ、急遽名古屋に呼ばれての一軍昇格、即、非常に重要な場面での代打起用だったわけですが、その球場内の異様な雰囲気に警戒心が高まったのか、それとも昼間の試合で本塁打を打ったという情報をスコアラーから聞いていたのか、あろうことか、あの強気の速球勝負をする藤川投手が、1球もそのボールを投げることなく、変化球のみで堂上剛裕外野手を三振に切ってとり、事実上の好機はついえてそのゲームは終了。

http://dragons.cplaza.ne.jp/game/backscore07/score070724.htm

確かに、百戦錬磨の藤川球児は堂上剛裕を抑えましたが、本人があれほどこだわっている速球を、この時点では一軍ノーヒット、実績ゼロの若僧に対して1球も投げなかったという事実には、本人もきっと納得がいっていないことでしょう。

それだけ、修羅場を何度も切り抜けてきたストッパーの藤川球児と矢野輝弘のバッテリーが、既にこの時点で堂上剛裕に対して何らかの“危険な匂い”を感じたがために、ここは勝敗を優先して「安全策」を取った結果だったのでしょう。

そして、彼らの“予感”は、続く神宮の対東京ヤクルト戦(一軍初安打の二塁打に続く打席で三塁打を打った第1戦と、一軍初本塁打を放って勝利に貢献した第3戦)、ハマスタでの対横浜戦(3度の得点圏で2度も打点を上げる勝負強さを見せつけた第3戦)、ナゴドでの対讀賣戦(言わずもがなの、これから彼を語る際に末長く語り継がれるであろう、延長12回裏に代打サヨナラ3ラン本塁打を放った第2戦)と、それぞれの試合における堂上剛裕選手の印象的な大活躍によって見事に的中したことになります。

さて今回、京セラドームで開催される対阪神三連戦でも、藤川球児と堂上剛裕の対決が、緊迫した場面で必ずや見られることでしょう。

それも、今度こそは「速球」を交えた“剛対剛”の息詰まる闘いが繰り広げられるはずです。

これは、勝敗を度外視してでも非常に興味深い対戦になるのではないかと、今から密かに心待ちにしながら見守っていきたいと思います。

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昨晩の首位攻防第三戦にも勝つことができましたが

昨晩の首位攻防第三戦にも勝つことができましたが、堂上剛裕選手本人はこの試合ではさすがに目立った活躍はできませんでしたが、一昨日のあの一打が無かったら、今回の三連戦の流れはまったく別のものとなっていたことでしょう。

そういう意味でも、1人の伸び盛りの若者が放ったあのアーチは、今季ペナントレースの崖っぷちに立たされていた落合ドラゴンズ存亡の危機までをも救う、明日への希望を乗せる架け橋のような一打であったともいえます。

なんせ、金曜日の敗戦後の落合監督のコメントが「(打線を)大幅に代えるかもわからん。現状じゃどうにもならん。」と、珍しく弱気に嘆いていたところまで追い詰められていたのですからね。

さてこれで、間もなく東京ドームでで行われる首位攻防戦第2ラウンドが俄然面白くなりましたね。

おっとその前に、今週の火曜日から始まる、当面の敵である阪神タイガースをまずは蹴落としてもらわねば。

今度はタイガースの投手陣が堂上剛裕選手と対戦する番ですが、たぶん相手はまずは舐めて掛かってくることでしょう。

それに対して彼がどんな攻撃を仕掛けられるのか、まずはじっくりと見守っていくことにしましょう。

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もうお兄ちゃんとは呼ばせない

すごいの一言。

堂上剛裕外野手の、美しいアーチを描く「迫撃砲」弾に脱帽!

なお、「堂上ファミリー物語」特集はコチラ

http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/cat12662674/index.html

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昨晩のハマスタナイターのお笑いのツボと若竜たち

昨晩のハマスタナイター

http://dragons.cplaza.ne.jp/game/backscore07/score070805.html

のお笑いのツボは、

「タイロンだと思ったらノリヒロだった!」

でしょうね。

5回表の攻撃で、今、中日でノリに乗ってる男、堂上“ダンボ”剛裕のタイムリーヒットで4対4の同点に追い付いた後、しばらく試合は両軍譲らずこう着状態に。

そうして迎えた6回裏の横浜の攻撃は、先頭打者のキャッチャー相川が、中田の球をうまく捉えて三遊間方面へヒット性の当たりを放つ。

ここで、ショートの名手井端が、その三遊間を抜けようかというゴロをダイブしながらかろうじてバックハンドのグラブの中に収め、打者走者が足のあまり速くない相川だからうまくいけばアウトにできるかも、とレフト側外野席から固唾を呑んで見守っていた我々中日ファンは、

井端が捕球後にすばやく起き上がって一塁に送球しようとするボールがライト方面にそれ、一塁手の手前でワンバウンドするのを見て、「(ワンバウンド送球を九分九厘ハンブルするタイロンにその送球は)ヤバイ!」と、球場とテレビの前に集結した全国1千万人のドラゴンズファンが声をそろえて叫んだその瞬間、

あろうことか、ずんぐりむっくりした体型のファーストベースマンが、その印象に似合わずすばやく身を乗り出してバックハンドでファーストミットにそのボールを小器用に収めたシーンを見て、まるで10年に一度の奇跡を見たかのように驚きの歓声を上げ、「いいぞ、いいぞ、タイロン!」コールをしようとした我々でしたが、

その差し出したファーストミットが差し込まれていた、浅黒く日焼けした二の腕には赤いリストバンドが巻かれ、打者走者の相川がアウトになったのを確認した後に観客に向かって「どや?」と、ニヤリと笑った選手の顔を見て、この回から、一塁手がタイロン・ウッズから中村ノリに変更されていたことをようやく知り、一塁手のまさかのファインプレーとタイロンが中村ノリに変身していたという二度のビックリを味合わされた我々は、思わず大笑いしてしまいました。

その後の報道によれば、タイロン・ウッズが背中に張りを訴えたため、この回からファーストの守備が、この日のサードのスタメンを外れた中村ノリに替わっていたわけで、だから井端の好守がファインプレーとして活かされたともいえます。

が、しかし。もし、一塁手がタイロンのままであったならば、井端の送球はあんな風にライト側にそれる(「あんたサードやってんだからこれぐらいの送球捕れるでしょ」という意図を含んだ)ワンバウンド送球ではなく、たぶん、(ワンバウンドをそらされると二塁にまで走られる恐れがあるので、“被害”を最小限に食い止めるために)たとえアウトにするのが難しくなっても直接ファーストミットに投げ込むような無難な送球をした結果、恐らくは内野安打になってしまっていただろうと想像すると、この回の守備の交替は正解だったなと思うとともに、井端も守備で相当ストレスが溜まっているんだろうな、と改めて思ったしだい。

***

昨晩の試合は、中日ドラゴンズ的には非常に手痛い1敗でしたし、今後のペナントレースを占う上でも非常に厳しい結果となりましたが、試合経過を生で観戦した感想としては、勝ち負けに関係なく歯がゆい展開が多かった最近の試合と比較すると、将来性あり、そして、悔しい敗戦を喫したとはいえ、その攻防はなかなか見ごたえのある試合だったといえましょう。

まず、将来性といえば、もちろん久々の生きのいい若竜戦士の登場、ということで、堂上剛裕外野手の名前が真っ先に挙がりますね。

この試合では、得点圏に3回巡り合い、そのうちの2回にタイムリーヒットを放つという勝負強さを見せていましたが、やはり本人にとっては、3回目の勝ち越し機であった7回表の二死一二塁のチャンスで、ベイの中堅左腕吉見投手のテクニックに翻弄され、敢え無く、力の無いサードファールフライに打ち取られたことを非常に悔やんでいたようで、次の回のレフト守備に付く際には、控えの外野手と肩慣らしのキャッチボールをしながら、自分自身への不甲斐無さに対する悔しさを全身で表現していました。

これが単なるポーズでなく、この悔しさを本当に忘れないようにしていけば、彼は、間違いなくドラゴンズの将来を担う選手へと成長してくれることでしょう。

さて、本日発行の「東京中日スポーツ」のコラムで、同紙専属解説者の森中千香良氏が、「堂上君は、もっとボールを見極めたほうがいい。昨日の7回表の打席では、吉見のボール気味の速球勝負に牛耳られていた」という趣旨のアドバイスを贈っていましたが、誠に僭越ながら、彼にそのアドバイスは時期尚早じゃないかと思いました。

現在の堂上の良さは、まずは自分の打てるボールが来たと思ったら、積極的に思いっきりバットをスイングすることを重視するべきなんじゃないかと思いますね。

そうしないと、際どいボールを見極めようとすると、つい、好球必打の原則を忘れてしまい、ストライクを見逃して、それを引きずって混乱し、今度はボールに手を出してしまう、という「スランプの打者が陥る悪魔のサイクル」に引き込まれる恐れがあります。

だから、現在のように、敵側のマークが甘いうちは、少々ボール気味でも自分の打てそうな球だったら、結果を恐れずにがんがん振るほうがいいんじゃないかと思いますが。

そうしないと、「セルフジャッジの名手」みたいになっちゃって、審判と仲が悪くなり、いつまでたっても不服の残るジャッジしかしてもらえなくなる「負のスパイラル」から抜け出せなくなるぞ。

まあ、これから相手チームが彼に打たれて痛い目に遭い始めると(プロ野球選手というのは、どんなに相手が凄いという報道がされたり、そういう情報がスコアラーから入ってきても、自分がその相手と対戦して痛い目に遭わない限りは、決して相手の力を認めない人種です。むしろ、それぐらい自惚れが強くないと、あの厳しい競争社会じゃ生きていけないでしょうしね)、いよいよ、ブラッシュオフボールを投げられたり、自分の弱点を徹底的に衝かれたりする“試練”が待ち構えているのですが、まあ、彼にとってはそれはもうちょっと先(未来)のお話。

***

さて、将来性といえば、この試合の勝敗を分けた、7回裏二死二三塁における、横浜の若き強打者吉村選手と、中日の中継ぎエース岡本投手の攻防は、勝敗を超えてなかなか見ごたえがありましたね。

最初、岡本投手が得意とする、縦に落ちるフォークかスライダーの変化球に対して、吉村選手は2球とも空振りし、たちまちツーストライクナッシングに追い込まれた訳ですが、次の1球も、谷繁捕手が得意とする、相手の弱点を執拗に衝く、同じ縦に落ちる変化球で三球勝負に行くかと思われたところを、同じ三球勝負でも打者の裏を掻いて、今度は前の2球と同じコースと高さに、速球をズバッと投げ込んだのですが、審判までもが裏を掻かれてしまい、惜しくもボールの判定に。

してやったりと思った谷繁捕手は、かなり残念そうな仕草をしていましたが、次のボールは、前の2球で“ノー感じ”だった、縦に落ちる変化球さえ投げておけば大怪我はしないとばかりに、その球を投げたところ、吉村選手は、今度は待ってましたとばかりにジャストミートして、左中間フェンスを直撃する当たりを放ち、ここで事実上の勝敗が決しました。

この、谷繁捕手のリード自体は私も間違いじゃないと思いましたし、岡本投手の変化球も、その直後にバックスクリーンに映し出された映像を見る限り、前の2球と比較すると若干高目に浮いたとはいえ、ボールはきちんと変化していたので、岡本投手の完全な失投だったとはいえないと思います。

じゃあ、何故、吉村選手はあのボールを完璧に打つことができたのか、ということですが、彼は、(失礼ながら)あのモンチッチのような顔に似合わず、非常にクレバーというか、ものすごく「学習能力」の高い打者だからなのでした。

私は、あの場面で吉村選手が決勝の二塁打を放った直後には、「(岡本のあの“ワンバウンド魔球”を打ち返すとは)吉村も随分成長したなあ」という感想を漏らしたのでしたが、その後冷静になって振り返ると、彼のあの「学習能力」は天性のものであったことを思い出しました。

それは、彼がルーキーイヤーだった2003年の、シーズンも押し詰まった10月の対中日戦でのことでした。

当時、中日の負け試合を対談形式で語る「南西対談」

http://homepage3.nifty.com/TAMAGAWA/dra/affairs/SE/SE2006/2006index.htm

というコーナーの“監修”を受け持っていて、その中のコラムで、私はベイの当時の新人、吉村選手の人並み外れた野球センスを、既にこの時に見抜いていたのでした。

えっへん。

ていうか、この「敵側選手の長所を一瞬で見抜くことができる」私のある種の才能は、中日の勝ちには何の貢献もしないのが少々悲しいですが。

***

偽南渕のブラックシャドウコラム

「なぜ吉村がプロ入り初本塁打打てたか。」

http://homepage3.nifty.com/TAMAGAWA/dra/affairs/SE/SE2003/2003SE09.htm

それまでの2打席、(吉村は、中日の)野口の前に3球三振を含む2三振(を喫しており)、その回も野口-柳沢バッテリーにツーナッシングと、(簡単に)追い込まれていた。

が、2球目の野口のスライダーに対しては、吉村がじっくり待ってからファールすることができたんで、一瞬「オヤッ?」と思ったんだよね。

そしたら、3球目の外角低目のスライダーをものの見事に捉えたんだよね。

最初はファールになるかと思ったんだけど、左翼ポール直撃のホームランに。

確かに(彼には)センスはあるね。

2003年10月 4日 横 浜-中 日 25回戦 横 浜

http://dragons.cplaza.ne.jp/game/backscore03/score031004.htm

中日 100 000 000|1
横浜 000 001 20x|3

中日=野口、久本-柳沢、谷繁
横浜=川村、加藤-中村
勝投手=川村(19試合5勝7敗)
セーブ=加藤(42試合4勝1敗5S)
敗投手=野口(29試合9勝11敗)

■本塁打
YB吉村(1号2点)

・1回表、立浪の適時打で先制
・以降の中日打線、わずか2安打
・野口、ふんばるも6回に川村のツーベースからつながって1失点
・7回は新人吉村に勝ち越し2ラン食らう

***

2003年のシーズンオフ直前に、その天賦の才能の片鱗を、スカパーのテレビ中継映像で私に見せつけた吉村選手でしたが、その後はプロの厚い壁に突き当たり、ファームでの“熟成期間”を経て、その才能が本格的に開花したのは、2006年になってからでした。

さて、一方の若竜久々の期待の星、吉村選手の1学年下に当たる堂上剛裕選手は、既にファームでじっくり鍛えられてからの、本格的な一軍デビューとなりました。

堂上剛裕選手が、今やベイを背負って立つ存在となった吉村裕基選手のような活躍を今後もどんどん続けてくれることを願いながら、8月、9月、10月の後半戦を見守っていきたいと思います。

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神宮雨と堂上ファミリー

昨日は、東京ヤクルトスワローズに降雨コールドで勝ちを譲っていただいたお礼に、新橋駅の隣にある“サラリーマンのテーマパーク”と異名をとる「ニュー新橋ビル」の地下食堂街にある、ヤクルトファンの店主が経営するまぐろ専門店「あかね屋」でランチを食べて“罪滅ぼし”をしてきました。

日曜日の試合は、審判団との協議の末に中止決定に至るまで、古田監督が相当ゴネたようですね。

「6回裏の攻撃までやらせてくれると思った」という彼の発言に、それが見て取れます。

あの試合の6回表の中日ドラゴンズの攻撃中に、ヤクルトの遊撃手宮本選手が、ウッズのフライをファールゾーンまで追いかけて行って、雨でぬかるんだブルペンの傾斜に足を取られてフェンスに激突しそうになり、危うく大ケガをしたかもしれない事態だったのに、そういう点にはおかまいなし。

まあ、そういう指揮官についていかねばならないヤクルトナインも気の毒といえば気の毒ですね。

一方、日曜日の試合に欠場した、土曜日のヒーロー森野選手は、左足か何かに張りを感じての欠場ということで、本日の31日の試合からは大丈夫という表現から推測するに、メジャー的なご褒美の「休暇日」だったような気がしますね。

今回の神宮球場3連戦は、オールスター明けから数えると移動日なしの6連戦で、森野選手はオールスターも「休日出勤」したわけで、6連戦の間も内外野のポジションを目まぐるしく替わり大活躍しました。

最終日の29日は雨でグランドコンディションも悪く、ここで森野選手に無理をさせて、万が一大ケガでもされたら大変と、初めから休みをとらせるベンチの方針だったようにも感じられました。

そこで、若手の堂上(兄)のような、悪天候をものともせずプレーしてくれる選手を試す絶好の機会となり、彼はそれに見事応えてくれたのでした。

2回表に彼が放ったあの当たりを、私は神宮球場のバックスクリーン近辺の席で目撃したのですが、確か風はレフトからライトへのかなりの逆風だった上に、真ん中高めのボール気味のスライダーを思い切り大空目がけて打ち上げ、センターの青木も最初は楽勝で捕球できると思いながらバックしてきたようでしたが、その予想を遥かに超えた、まるで迫撃砲を思わせた“剛”打球は、120メートルを表示したバックスクリーンのすぐ横(レフト側)の通路に、まさにドスンという音を立てて“着弾”しました。

たしかに、あの当たりは父親の堂上照氏譲りの怪力の遺伝子のなせる技でしょう。

そこで、長身で気が優しかったおやじさんのニックネームが「ジャンボ」

http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/__22f0.html

だったので、堂上ファミリーの長男にも、是非、怪力に相応しいニックネームがほしいところです。

ディズニーアニメに登場した、気が優しくて力持ちの空を飛ぶ子象のキャラクターにあやかって「ダンボ堂上」というのはいかがと、東山にしこさんに提案したところ、「ダンボはいやです」と、全面否定されてしまいましたが…。

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堂上次男の獲得を

堂上次男の獲得を最も喜んでいる中日関係者は、実は法元・元スカウト部長ではないでしょうか。

なんせ、堂上父を最初に世間にアピールしたのは、当時、東海ラジオガッツナイターで解説者だった法元さんで、一軍昇格が決まった時点から、

「皆さん、ジャンボ堂上投手に注目してください。彼はいい! 特に重い速球がいいんです」

と、聴取者にも訴え続け、確か初先発は好投するも敗戦投手となったはずですが、

「次こそ彼はやってくれます。今日は残念な結果でしたが、ファンの皆さんもあの重い速球には魅力を感じたでしょう」

と、ほとんど心中覚悟で応援し続けた結果、見事ローテーションピッチャーに定着することができました。

スカパーのフジテレビ739の「プロ野球ニュース1982年」では、苦闘の末に優勝を勝ち取って歓喜のビール掛けをする中日ナインの中に、堂上投手が、東海テレビの吉村アナウンサーに労をねぎらわれて涙に暮れるシーンを観ることができます。

そんなエピソードを持つ堂上父の息子が二人ともドラゴンズに入団できたのですから、法元さんもさぞやお喜びのことと、推察申し上げます。

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