カテゴリー「「その瞬間に“脳内時計”が止まる英智ワールド」特集」の記事

蔵本英智のお蔭さん「ダーン!」を

蔵本英智のお蔭さん「ダーン!」を、昨日の試合、東京ドームレフトビジター応援席付近席(レフト一般指定席)で見届けることができた幸運に遭遇しました。

これで、昨年の神宮球場での4年振りの一発と併せると二度も彼の本塁打を目撃したわけで、現時点で生涯本塁打数5本のうちの2本ですから、4割の高確率で彼の本塁打を打った場面に立ち会ったことになります。

さて、昨日の試合は平日開催ですから、午後5時までは職場で試合観戦に備えて待機しているサラリーマンとしては試合開始ちょっと前に球場に到着するのが精一杯でしたが、夏休みモードの試合前の外野席からは、“通”の観客の人たちから、「本日の打撃練習では、英智が次々とボールをスタンドインさせていた」という声が挙がっていましたので、ひょっとしたら、英智本人にしてみれば試合開始前からそういう“予感”でバッターボックスに入っていたのかもしれません。

なんせ、思い込みが人並み外れて強い男ですからね、ヒデノリ君。

さらに6回裏の守備では、讀賣小笠原内野手の右中間に放った、一塁走者高橋“坊ちゃま”由伸外野手がヒットと“確信”して二塁に駆け出した強烈な当たりを、自慢の快足を飛ばしてスライディングキャッチするや、すぐさま「Eクイック送球」なる、独特のヒデノリワードで表現された強肩を“発動”すると、ボールはあっという間に一塁手タイロン・ウッズのミットに吸い込まれ、珍しい外野手捕殺による併殺が完成。

いわば、今や「ゾーン」に入っている英智選手の脳内ワールドの中でゲームが行われているような感じでした。

これで、日曜日の決勝弾、昨日の同点弾と必殺Eクイックを合わせると、都合3回、“借り”を返したことになります。

が、あと1回“貸し”(日曜日の試合の2回裏の一塁走者としての飛び出しアウト)が残って

います

http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/200708/CK2007082002042328.html

ので、その分の返済もヨロシク!

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その瞬間に“脳内時計”が止まる、特異体質の「英智ワールド」

昨日の試合の殊勲者であり、ただし、一歩間違えばあやうく2日連続の“戦犯”候補者にもなりかねなかった英智外野手は、その天然ボケとも称される言動とともに、ベースボールスタイルというか、独特の世界観を持つスポーツ選手といえますが、それが久々に炸裂した試合でしたね。

6回裏、決勝ソロホームランを打った打席で彼はニコリともせずにベースを一周していましたが、たぶん、その前の打席、3回裏一死満塁の好機でピッチャーゴロ併殺打に倒れた時点で、彼の“脳内時計”は止まってしまっていたのでしょう。

そのため、彼が試合終了後のお立ち台で残した言葉には、「どうせなら満塁の場面でホームラン打ちたかったです。」というのがありました。

彼はこの3回裏の「逸機」を引きずったがために、4回表の外野守備では、通常の彼の守備力なら楽々と捕球できたはずの村田選手の右中間のライナーを、急造中堅手森野外野手と“お見合い”の末に二塁打としてしまい、二度の悔しさを内に秘めて、いや、さらに遡れば前日の試合の5回裏、一死二三塁という絶好の反撃機に代打として登場するも、百戦錬磨の“狡”投手、工藤投手の前に敢え無く3球三振に倒れてしまった悔しさも加えて打席に立ち、まさに開き直りの精神で初球を思いっ切り振り抜いた結果が、自身“一軍”初のナゴヤドームでの本塁打に結実したのでした。

昨年もそのようなシーンを、私はテレビや球場で目撃した記憶がありました。

2006年6月29日、神宮球場での東京ヤクルト対中日7回戦では、レフト外野席から、延長の熱戦にケリをつける、彼の4年振りの決勝弾を間近で見ることができましたし、恒例となった爆笑お立ち台トークも、東京ヤクルト球団側の配慮で球場内に流してもらい、それを直接聴くことができました。

http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_7f8f.html

また、彼の“脳内時計”ストップ現象を最初に“発見”したのは、それを2ヵ月ほど遡った、札幌ドームで開催された、5月10日の北海道日本ハム対中日戦での出来事でした。

http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_8350.html

***

しかし、こと蔵本英智外野手に関しては、実は私もあるシーンで“脳内時計”が止まっています。

まあ、もう少し正確に言うと、その時点で私の記憶の中に初めて“蔵本英智像”が確立され、そこで彼に関する第1回目のラップタイムを計測すべくストップウォッチのボタンを押した後に、その後も秒針がずっと回り続けているという感じでしょうか。

それは、彼の登録名がまだ苗字の「蔵本」だった頃のお話。

2003年5月9日の東京ドームで行われた、讀賣対中日7回戦での1シーンです。

当時は、2002年に原監督が標榜する「ポジティブ采配」のお陰というか、翌年MLBへの“足抜け”を成功させる松井秀樹外野手最後の“年季奉公”の置き土産として、讀賣ジャイアンツがリーグ優勝を果たした翌シーズンの序盤戦にあたり、それに対抗すべく我が中日ドラゴンズは、今季の“目玉商品”として、現役MLBプレイヤー、当時フロリダ・マーリンズと年俸問題で揉めてFA宣言したケビン・ミラー選手の獲得を表明するも、不穏を告げる中東情勢をめぐる日本国内でのテロへの不安と、突然の横槍ながらもMLBの老舗球団ボストン・レッドソックスGM直々の獲得オファーによって、ミラーからあっけなく翻意され、シーズン当初からペナントレースの青写真がもろくも崩れ去るという大失態を演じてしまい、

http://homepage3.nifty.com/TAMAGAWA/dra/nest/nestsw07.htm

戦力的にも圧倒的に不利が伝えられていたシーズンでしたが、“タ○無し”ミラーの替わりに獲得したアレックス・オチョア外野手驚異の強肩守備と、何故かジャイアンツ戦では特に打撃も好調になるという彼の想定外の活躍のお陰もあり、戦前の予想を覆して、優勝候補の讀賣ジャイアンツとはまさに互角の闘いを繰り広げていたのでした。

そんな中で迎えた5月9日の対讀賣戦でしたが、この試合は、序盤にドラゴンズの先発“黒ヘビ”バルガス投手がジャイアン打線につかまり5失点を喫するも、ドラゴンズ打撃陣も、軟投“遅球”ピッチャーのラスを8回表にようやく捉えて4点を返し1点差に迫り、9回表の最後の攻撃となりました。

ジャイアンツ側の抑えのピッチャーは、前年の優勝に大きく貢献した「アワサマ」こと、河原純一投手。

この回、二死を取られるも荒木とアレックスが出塁し、二死一二塁の一打同点の場面で代打として登場したのが、それまで一軍ではほとんど目立った活躍を見せていなかった蔵本外野手でした。

抑えの河原投手からすれば、いくら得点圏に走者を2人置いている大ピンチとはいえ、一軍でほとんど実績のない選手が代打として登場したわけで、その当時の体格からしてもかなり華奢に見える蔵本選手についてはまさに「安全パイ」に思えたはずで、たちまち2ストライクナッシングと追い込み、あとはどの球で打ち取るかという絶対有利の状況(同日の「プロ野球ニュース」“解説者”のデェブ大久保氏談)にまで追い詰めました。

しかし、ここから河原投手の決め球フォークや速球をきわどくファールで何球も粘った蔵本選手は、最後はしぶとく三遊間をゴロで破り、同点ランナーの荒木をホームに迎え入れ、結局、それをきっかけにしてこの回一挙に3点を奪って逆転し、きわどく勝利を収めたのでした。

***

http://dragons.cplaza.ne.jp/game/backscore03/score030509.htm

9回表
酒 井 空振り三振 1アウト 巨5-4中
荒 木 ライトヒット 1アウト 巨5-4中
ライトエラー 1アウト 2塁 巨5-4中
井 上 センターフライ 2アウト 2塁 巨5-4中
アレックス フォアボール 2アウト 1・2塁 巨5-4中
(H)蔵 本 レフトヒット 2アウト 1・2塁 巨5-5中
福 留 センターヒット 2アウト 2・3塁 巨5-6中
立 浪 センターヒット 2アウト 1・3塁 巨5-7中
***

この試合のヒーローインタビューは、結局はその直後に逆転打を放った福留選手にその座を譲りましたが、本当の殊勲者は、執念の同点打を放った蔵本選手でした。

翌日の「東京中日スポーツ」には、ジャイアンツの守護神河原投手から同点打を放ち、ガッツポーズをしながら1塁ベースを駆け抜けていく蔵本選手の姿を捉えた写真が第一面を飾りました。

たしか、この試合の直前に蔵本選手に第一子が誕生し、その“自覚”が打たせたヒットだったとも報道されていましたね。

実は、蔵本改め英智選手が、強肩・俊足・巧打の持ち主として本格的にブレイクアウトするのは、その翌年、2004年からなのですが、

http://bis.npb.or.jp/players/01503888.html

私の脳内フラッシュメモリーには、あの2003年5月9日の対讀賣ジャイアンツ戦で見せた、蔵本英智選手“ガッツ”の一打が、いつまでも刻み込まれているのでした。

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最近目覚しい活躍を見せている、ヒデノリの思い込みワールドはまだまだ続きます。

最近目覚しい活躍を見せている、ヒデノリの思い込みワールドはまだまだ続きます。

今度は、6月29日の神宮球場で開催されたヤクルト対中日戦で、この試合も延長戦でヒデノリが決勝打を放って、勝利に貢献しました。

http://dragons.cplaza.ne.jp/game/backscore06/score060629.htm

この試合は、延長11回表にヒデノリが、ヤクルトの守護神となった木田の難しいフォークを捉え、打った瞬間にそれとわかる2ランホームランを放って熱戦に終止符を打ったわけですが、試合終了後のヒーローインタビューでは、

「(決勝2ランホームランについて)それまでに何球かミスショットがあったのでここは何としても打ちたいという気持ちで粘りました。必ず良い場面で回ってくると思っていたので心の準備はできていました。4年ぶりにホームランを打った選手のコメントとしてはまぐれと言ったほうがいいと思うので、ここはまぐれと言っておきます。(後略)」

と、むしろこのホームランは狙い撃ちであったかのようなコメントでしたが、彼のミスショットとは、前回の打席、9回表の二死三塁の勝ち越し機でのことを指しているものと思われ、ヒデノリとしては、この場面は何球もの粘りも虚しく最後は三振に倒れており、彼のワールドでは、この瞬間から時計が止まっており、次の11回表に巡って来た打席こそ、不甲斐なかった自分へのリベンジを果たすべきチャンスとして、好球を虎視眈々と狙っていたものと思われます。

しかし、彼のこのような思い込みの強さは、プラスに作用すれば超人的な守備や、意外性を見せる打撃にも発揮されるわけですが、それが時には裏目に出てしまうこともあるでしょうね。

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英智は自分自身のワールドを持つ男

英智は自分自身のワールドを持つ男

つまり、彼の中では「ある種の美学」が厳然と存在し、その意味で、彼の心の中には既に「ある理想化された井上一樹選手会長像」が棲んでいるのです。

すなわち、今年からレギュラーをはずれて出番が極端に少なくなったことを受け入れ、敢えて代打の一振りに賭ける井上一樹選手は、自分たち「スーパーサブ」の心の叫びを代弁してくれているという意識です。

その上、選手会長としてチームの顔ともなって、ファンを大切にしようと奮闘努力する姿に、英智は人知れず感動するとともに、自己同化もしているわけです。

その代表例が、札幌ドームで開催された、5月10日の日ハム対中日戦の

http://dragons.cplaza.ne.jp/game/backscore06/score060510.htm

9回表のシーンですが、まず井上一樹選手が無死から二塁打を放ち代走の藤井選手に替わってその役目を終え、次は自分がその藤井選手をどんなことをしてでも三塁に進塁させなければならない、という思いがあまりに強かったので、ものすごく緊張した結果、まず送りバントを2回失敗して2ストライクをとられてしまったわけですが、それでも3バントで失敗するリスクを犯してでも彼は三塁に走者を送らなければ、と肩に力が入り、いわば入れ込み過ぎの心境だったわけです。

その、英智の入れ込み過ぎの心境が手に取るようにわかってはいても、普段から、選手には自分で考えて行動することこそ彼らの成長の糧となるので敢えて目先の勝敗にも目をつぶるという采配を見せる落合監督が、さすがにここは自分のアドバイスを英智に贈ってリラックスさせたほうが彼の将来のためにもなると判断し、敢えて公の場で叱責したのだと思います。

それが、「(2ストライクをとられてからでも、いったん)バントの構えをしてからバスターをせよ」というアドバイスで、それを聴き入れた英智は少しリラックスできたため、何とか進塁打を打つことができました。

ランナーを進塁させるという役目を終えてベンチに戻った英智を迎えたナインからの祝福は、ある種悲壮感にあふれており、いかにこの状況が英智に重圧を掛けていたかを物語っていました。

たぶん、落合監督自身は、その場面場面で、彼なりの長い実戦経験から得られた「正解」を持っているのだと思います。

でも、敢えてそれを選手やコーチにも伝えずに、彼らの自主的な判断に任せるのが「落合流=おれ流」の真骨頂なのでしょう。

普段は、「正解」はその勝負を終えたあとに、「こういうふうなやり方もあるぞ」とか、「今のはお互いがこういう考え方をしたからこういう結果になった」というようなアドバイスを選手に贈るのみ。

いわば、実戦を通じての真のコーチングの実践なのです。

そして、この試合では同じような場面が再度訪れました。

今度は11回表に英智が先頭打者として二塁打を放ちます。

「打席に入る直前に、一樹さんから『なんでもいいから塁に出ろ』と大きな声で言われました」という英智の発言から、彼の世界では「9回表の緊迫した状況」がそのまま続いていたわけです。

その結果、彼は9回表の井上一樹選手と同じように二塁打を放って、今度は自分がチャンスを演出する側に回りました。だから、「一樹さんに力をもらった」という発言になるわけです。

そして、この状況は実は井端にも伝わりました。

彼は、落合監督が英智に贈った「バントの構えをしてからバスターをすれば差し込まれにくいので二塁走者を進塁させることができる」というアドバイスを、今度は自分の判断で実行し、カウントが若いうちからでもバントの構えをしましたが、たぶん状況によってはバスターをすることも考えている様子でした。

その結果、その中日の選手全体に流れる「落合流」の雰囲気を警戒するあまり、日本ハムの岡島投手と中嶋捕手のバッテリーはインコースにワンバウンドとなるカーブを投げ、それが大きくはずれ、結果的にバッテリー間のエラーとなり、英智の好走塁で決勝点が入るきっかけとなりました。

落合監督は、前日の負け試合と本日の試合は全く同じ状況でたまたま勝負が分かれただけ、と謙遜していましたが、実はこの2日間で、選手たちは大きな成長を遂げていたのです。

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