昨日の試合の殊勲者であり、ただし、一歩間違えばあやうく2日連続の“戦犯”候補者にもなりかねなかった英智外野手は、その天然ボケとも称される言動とともに、ベースボールスタイルというか、独特の世界観を持つスポーツ選手といえますが、それが久々に炸裂した試合でしたね。
6回裏、決勝ソロホームランを打った打席で彼はニコリともせずにベースを一周していましたが、たぶん、その前の打席、3回裏一死満塁の好機でピッチャーゴロ併殺打に倒れた時点で、彼の“脳内時計”は止まってしまっていたのでしょう。
そのため、彼が試合終了後のお立ち台で残した言葉には、「どうせなら満塁の場面でホームラン打ちたかったです。」というのがありました。
彼はこの3回裏の「逸機」を引きずったがために、4回表の外野守備では、通常の彼の守備力なら楽々と捕球できたはずの村田選手の右中間のライナーを、急造中堅手森野外野手と“お見合い”の末に二塁打としてしまい、二度の悔しさを内に秘めて、いや、さらに遡れば前日の試合の5回裏、一死二三塁という絶好の反撃機に代打として登場するも、百戦錬磨の“狡”投手、工藤投手の前に敢え無く3球三振に倒れてしまった悔しさも加えて打席に立ち、まさに開き直りの精神で初球を思いっ切り振り抜いた結果が、自身“一軍”初のナゴヤドームでの本塁打に結実したのでした。
昨年もそのようなシーンを、私はテレビや球場で目撃した記憶がありました。
2006年6月29日、神宮球場での東京ヤクルト対中日7回戦では、レフト外野席から、延長の熱戦にケリをつける、彼の4年振りの決勝弾を間近で見ることができましたし、恒例となった爆笑お立ち台トークも、東京ヤクルト球団側の配慮で球場内に流してもらい、それを直接聴くことができました。
http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_7f8f.html
また、彼の“脳内時計”ストップ現象を最初に“発見”したのは、それを2ヵ月ほど遡った、札幌ドームで開催された、5月10日の北海道日本ハム対中日戦での出来事でした。
http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_8350.html
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しかし、こと蔵本英智外野手に関しては、実は私もあるシーンで“脳内時計”が止まっています。
まあ、もう少し正確に言うと、その時点で私の記憶の中に初めて“蔵本英智像”が確立され、そこで彼に関する第1回目のラップタイムを計測すべくストップウォッチのボタンを押した後に、その後も秒針がずっと回り続けているという感じでしょうか。
それは、彼の登録名がまだ苗字の「蔵本」だった頃のお話。
2003年5月9日の東京ドームで行われた、讀賣対中日7回戦での1シーンです。
当時は、2002年に原監督が標榜する「ポジティブ采配」のお陰というか、翌年MLBへの“足抜け”を成功させる松井秀樹外野手最後の“年季奉公”の置き土産として、讀賣ジャイアンツがリーグ優勝を果たした翌シーズンの序盤戦にあたり、それに対抗すべく我が中日ドラゴンズは、今季の“目玉商品”として、現役MLBプレイヤー、当時フロリダ・マーリンズと年俸問題で揉めてFA宣言したケビン・ミラー選手の獲得を表明するも、不穏を告げる中東情勢をめぐる日本国内でのテロへの不安と、突然の横槍ながらもMLBの老舗球団ボストン・レッドソックスGM直々の獲得オファーによって、ミラーからあっけなく翻意され、シーズン当初からペナントレースの青写真がもろくも崩れ去るという大失態を演じてしまい、
http://homepage3.nifty.com/TAMAGAWA/dra/nest/nestsw07.htm
戦力的にも圧倒的に不利が伝えられていたシーズンでしたが、“タ○無し”ミラーの替わりに獲得したアレックス・オチョア外野手驚異の強肩守備と、何故かジャイアンツ戦では特に打撃も好調になるという彼の想定外の活躍のお陰もあり、戦前の予想を覆して、優勝候補の讀賣ジャイアンツとはまさに互角の闘いを繰り広げていたのでした。
そんな中で迎えた5月9日の対讀賣戦でしたが、この試合は、序盤にドラゴンズの先発“黒ヘビ”バルガス投手がジャイアン打線につかまり5失点を喫するも、ドラゴンズ打撃陣も、軟投“遅球”ピッチャーのラスを8回表にようやく捉えて4点を返し1点差に迫り、9回表の最後の攻撃となりました。
ジャイアンツ側の抑えのピッチャーは、前年の優勝に大きく貢献した「アワサマ」こと、河原純一投手。
この回、二死を取られるも荒木とアレックスが出塁し、二死一二塁の一打同点の場面で代打として登場したのが、それまで一軍ではほとんど目立った活躍を見せていなかった蔵本外野手でした。
抑えの河原投手からすれば、いくら得点圏に走者を2人置いている大ピンチとはいえ、一軍でほとんど実績のない選手が代打として登場したわけで、その当時の体格からしてもかなり華奢に見える蔵本選手についてはまさに「安全パイ」に思えたはずで、たちまち2ストライクナッシングと追い込み、あとはどの球で打ち取るかという絶対有利の状況(同日の「プロ野球ニュース」“解説者”のデェブ大久保氏談)にまで追い詰めました。
しかし、ここから河原投手の決め球フォークや速球をきわどくファールで何球も粘った蔵本選手は、最後はしぶとく三遊間をゴロで破り、同点ランナーの荒木をホームに迎え入れ、結局、それをきっかけにしてこの回一挙に3点を奪って逆転し、きわどく勝利を収めたのでした。
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http://dragons.cplaza.ne.jp/game/backscore03/score030509.htm
| 9回表 |
| 酒 井 |
空振り三振 |
1アウト |
|
巨5-4中 |
| 荒 木 |
ライトヒット |
1アウト |
|
巨5-4中 |
| |
ライトエラー |
1アウト |
2塁 |
巨5-4中 |
| 井 上 |
センターフライ |
2アウト |
2塁 |
巨5-4中 |
| アレックス |
フォアボール |
2アウト |
1・2塁 |
巨5-4中 |
| (H)蔵 本 |
レフトヒット |
2アウト |
1・2塁 |
巨5-5中 |
| 福 留 |
センターヒット |
2アウト |
2・3塁 |
巨5-6中 |
| 立 浪 |
センターヒット |
2アウト |
1・3塁 |
巨5-7中 |
| |
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この試合のヒーローインタビューは、結局はその直後に逆転打を放った福留選手にその座を譲りましたが、本当の殊勲者は、執念の同点打を放った蔵本選手でした。
翌日の「東京中日スポーツ」には、ジャイアンツの守護神河原投手から同点打を放ち、ガッツポーズをしながら1塁ベースを駆け抜けていく蔵本選手の姿を捉えた写真が第一面を飾りました。
たしか、この試合の直前に蔵本選手に第一子が誕生し、その“自覚”が打たせたヒットだったとも報道されていましたね。
実は、蔵本改め英智選手が、強肩・俊足・巧打の持ち主として本格的にブレイクアウトするのは、その翌年、2004年からなのですが、
http://bis.npb.or.jp/players/01503888.html
私の脳内フラッシュメモリーには、あの2003年5月9日の対讀賣ジャイアンツ戦で見せた、蔵本英智選手“ガッツ”の一打が、いつまでも刻み込まれているのでした。