カテゴリー「★「中部日本リベンジマッチ・シリーズ」観戦記」の記事

20071117中日優勝記念パレード開始!

「parade1.mpg」をダウンロード

スタート地点に監督、コーチ陣、選手たちを乗せた車が登場。

1台目の車両には、日本一慣れしている谷繁捕手が元気に手を振って登場。

山本昌も、さすがにこういう時は満面の笑みを浮かべて観衆に手を振る。

2台目の車両の右端は背番号12の人が、最初は元気に手を振って登場したが、途中から表情を曇らせ顔を伏せる。 まさか、アジアシリーズのことはみんな忘れたはずなのに。

また、、今シーズンで引退を決めた渡邊が早くもウルウルモードで登場。

3台目には、新井や平田など、CSや日本シリーズでそこそこ活躍した準レギュラー組が登場して、一応愛想を振りまく。

4台目の車両は、若手とドアラが登場。

しかし、「ボクたちは本当にここに居ていいんだろうか?」
と、さすがに表情が硬く、手も振れない金縛り状態に。

その雰囲気を察したドアラが努めて明るく振舞う。

ちなみに、ドアラの足元には石黒広報が隠れていて、時々モグラ叩きのように顔を出してはカメラのシャッターを押していたが、その勇姿が撮れなかったのが残念!

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17日の「中日ドラゴンズ日本シリーズ優勝パレード」観戦記

17日の「中日ドラゴンズ日本シリーズ優勝記念パレード」を観て来ました。

仕事場が比較的東京駅の近くにあるので、たぶん「のぞみ」に乗れば前日に名駅近辺のビジネスホテルにたどり着けるだろうという強行軍日程で東京を立ちました。

翌日は、名駅付近のパレードのスタート地点に早めに到着してベストポジションを確保するつもりが、少々寝坊気味となり、名駅の太閤口近くのビジネスホテルを出発したのが午前9時で、パレード開始時刻の午前10時の1時間前というていたらく。

なんとか名鉄名古屋駅前の交差点のパレード開始地点にたどり着いたのが午前9時半過ぎで、かろうじてセレモニー開始を見物できましたが、所要時間は10分少々でほとんど一瞬で終わってしまいました。

その後徒歩で大通り方面に移動し、中日ビルのそばにあると思っていた「光の広場」にある特設会場に行こうとしたら、中日ビルの遥かかなたにあることがわかり、また、あまりの人波で近くにたどり着けないうちにイベントが終了してしまいました。
実は、優勝パレードは、1999年のセ・リーグ優勝時に、東山にしこさんと一緒に見物したことがあったのですが、その時は、名古屋城近くの中日新聞本社ビルから、中日ビルの眼下にあった大通り公園の特設会場までのルートで、この時は平日でもあり、監督、コーチ、選手たちが目の前を通り過ぎるのを何回も観れるほど身近なものでしたが、今回はあまりの人波で、結局、選手を目撃できたのは出発時のセレモニーだけでした。
***
なお、東山にしこさんのバイトカープ応援&中日応援サイト「玉川オンライン」
http://homepage3.nifty.com/TAMAGAWA/frontpage.htm
の「中日系」コーナーでの「1999年の優勝パレード」のレポートはコチラ。
  ↓
http://homepage3.nifty.com/TAMAGAWA/dra/1999/1999/1999parade.htm

***
また、今回のパレード開始時のセレモニーがあり、その際にちょっと面白い動画を撮影したので、ブログにアップします。

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本シリーズで「影武者」を演じ続けた男、山井大介投手一世一代の快“投”乱麻

11.1の日本シリーズ優勝決定試合の9回表の山井大介投手の降板劇の賛否を巡り、外野席が非常に騒がしいですね。

http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/200711/CK2007110302061424.html

結局、ああいう「事件」で一番大変な思いをするのは、当事者たちはともかく、様々な苦情に対応しなければならない部署であり、今回でいえば中日球団事務所や、親会社の中日新聞社系列各紙の窓口部門にもバンバン抗議電話が掛かってきて対応に追われていたものと思われます。

http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/200711/CK2007110202061152.html

とにかく、あれは山井の体調を考えても仕方のなかった采配だったことをアピールするのに懸命なのでしょう。

もちろん、私は前回の記事で主張しているように、シリーズ優勝が懸かった大一番の大詰めの場面で1点差を守り切らねばならない状況下、しかも山井の体調と将来性も考慮したうえでの継投を選択した、あの采配でよかったと思っています。

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/baseball/npb/headlines/20071102-00000021-spnavi_ot-base.html

それにしても、あの試合でベンチに戻ってゴーグルをはずし、「ウルトラ7」に変身していない時の山井は、「戦争と人間」や「青春の門」などの映画に出演していた、ちょっと陰のある二枚目を演じていた高橋悦史に似ていたなあ。

よく見ると、案外いいオトコなんだよね、山井大介。

今までは、2004年の優勝直前の公式戦での、左腕の長峰投手とジャンケンをして先発を勝ち取って勝利投手となった勝ち運をアピールしたエピソードや、「ウルトラ7」に変身するための小道具、ウルトラ・アイを髣髴とさせるゴーグル姿など、野球のプレーそのものからは若干離れたところが話題になっていましたが、これからはもっと実力方面で注目されていくに違いありません。

ところで、今回の一連のCSから日本シリーズまでのドラゴンズ球団側にずっと流れていた裏コンセプトは、敵を鮮やかに欺いた「影武者シリーズ」であったといえますね。

つまり、CS第1ステージこそ、川上と中田の2枚看板先発右腕投手で圧勝しましたが、次の第2ステージでは、スポーツ紙各紙が、第1戦の先発は山井、山井と連呼していくうちにみんながその気になってきて、遂に敵将まで騙されてしまいましたが、実際に登板したのは、影武者山井のさらに“裏”影武者だった小笠原。

小笠原孝投手の「左腕」という“特肩”に脅えた讀賣首脳陣の采配ミスで、同球団の左打者陣は、その威力をほとんど発揮できずにシリーズを終えました。

今季のドラゴンズ投手陣は、左の先発陣としては、昨季は無安打無得点試合も演じて、今年は200勝を目指して大いに燃えて実績を残すだろうと思われた山本昌の勝ち星が2勝と、ほとんど活躍できず、また、昨季は左投手としてローテーションの一角を占めていたマルチネスも退団してしまい、つまり、昨季までは豊富にそろっていた先発左腕投手陣がほとんどいなくなってしまった状況下、貴重な先発左腕投手の1人であった小笠原孝投手を、この作戦によって、まるで先発左腕投手が何人もいるかのように戦うことができました。

次に対戦した北海道日本ハムも、いつ左腕の小笠原が出て来るのか、また、噂のオトコ、山井がいつ登板して来るのかさっぱり見当がつかずに戦々恐々としていたことでしょう。

そして、「影武者」の役をずっと演じ続けた“第五のオトコ”山井大介が満を持して登場したと思ったら、これが一世一代の快“投”乱麻を演じてみせた。

シリーズも第5戦目を迎え、ドラゴンズが連勝連勝で「舞台」が十分に温まっていたので、山井が1球ストライクを投じるだけで、鮮やかな三振を奪ったかのような大歓声が球場にこだましていました。

それは、まるでスペインの闘牛場でマタドールが闘牛を相手に剣を一差しするたびに起こる、観衆の大歓声のようであり、北海道日本ハムファイターズの打撃陣はその大歓声に対して完全に気後れしていました。

もちろん、山井投手の決め球、必殺の縦に鋭く落ちるスライダーの切れも冴えに冴えわたっていましたが、ナゴヤドームの観客席に詰め掛けたドラゴンズファンの大声援に後押しされてこその「完璧投球」であったといえるでしょう。

名付けて「山井の“影”武者大作戦」。

先日リバイバル上映されて再び評判を取ったと聞く『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 YOU ARE (NOT) ALONE』のクライマックスとなった「ヤシマ作戦」に引けを取らない、ウルトラ大作戦であったといえましょう。

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あまりにも凄い、優勝決定試合でした。

あまりにも凄い、優勝決定試合でした。

果たして1点差を守り切れるのか

果たして山井が完全試合を達成するのか

そして最後は、果たして岩瀬が最終回を“パーフェクト”に抑えてくれるのか

ハラハラドキドキの展開がめまぐるしく変わりなかなか結末が読めない、まさに「木曜サスペンス劇場」といった趣でした。

落合監督は、山井の完全試合達成という「個人」の記録を諦めさせる替わりに、野球の神様に対して、実に53年振りの「日本シリーズ」優勝という、中日ドラゴンズという「球団」の悲願・宿願の達成を確実にしてもらうように祈ったのでしょう。

やはり、何かを犠牲にしなければ「夢」は叶えられない。

最少得点差の1点を守り抜かねばならない状況下で、53年振りの日本シリーズ優勝、および山井投手の完全試合達成という、組織と個人の“快挙”を両方とも達成しようという“二兎”を追えば、そこから小さなほころびが生じて、やがて足元をすくわれる事態を招くかもしれない。

当然、今後、「なぜ、山井に完全試合をさせてやらなかったんだ」という批判が、アンチ落合監督派閥を含む各方面から湧き上がってくるのを承知で、

http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/npb/news/20071101-OHT1T00231.htm

ここは敢えて勝負に徹した訳で、外部からの批判は甘んじて受けるということでしょう。

ただし、この山井の“一世一代”の投球は、間違いなく野球史の中に燦然と輝く1ページとして記録され(元々、日本シリーズの記録は公式戦の記録とは別に扱われます)、また、岩瀬と二人で達成した「完全試合」は、今後も日本シリーズ史上初の「快挙」として、多くの野球関係者やファンの間でいつまでも語り継がれるのですから、事実上は記録を達成したのと同じ。

いや、53年振りの日本シリーズ優勝という「組織の悲願・宿願」を達成するために、「個人の記録」を譲ったということで、首脳陣からの評価は、完全試合を達成した以上に評価されることでしょう。

不思議なもので、今回はペナントレースで優勝を逃した悔しさと虚しさがあったからこそ、中日ドラゴンズの監督・コーチ陣・選手・球団関係者、そしてそれを取り巻く全国のファンがまさに一丸となって、CS第1、第2ステージを突破し、最終ゴールである「日本シリーズ」での優勝を勝ち取りました。

それはまるで、

最初は地元の熱狂的なファンに支えられて勇躍故郷の名古屋を出帆し、

次に、多くのジャイアンツファンが待ち構えていた「アウェイ」の地東京に辿り着くと、想像以上の数が集結した全国のドラゴンズファンたちに勇気付けられ、

さらに、昨年は圧倒的に数的優位を誇った敵地のファンになすすべもなかった北の大地、札幌でも雄々しく善戦するたくましさを身につけ、

そして、再び53年の長きにわたった「大願の成就」を祈るファンに温かく迎えられて、古里名古屋に戻る

という、自分たちにとって「中日ドラゴンズ」という存在がどういうものだったのかを再確認するための「ベースボール・オデッセイア“2007: A Baseball Odyssey”」だったように感じました。

http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_e89a.html

http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_d231.html

10月から始まった短期決戦の連続ではありましたが、中日ドラゴンズを取り巻くすべての人たちにとっては、精神的に感じた時間がとてつもなく長かった“自分探しの旅路”がようやく終わりを告げました。

それは、53年という中日ドラゴンズの苦闘と悲劇の記憶とともに歩んでいったからなのかもしれません。

そして、その呪縛から解放される日が、「完全試合」という最も感動的な形で訪れたのです。この結末を迎えるために、この53年という年月が存在したのかもしれません。

もう一度、ありがとう中日ドラゴンズ。

そしてありがとう、野球の神様。

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祝「中部日本リベンジマッチ・シリーズ」完結!

祝「中部日本リベンジマッチ・シリーズ」完結!

ありがとう中日ドラゴンズ!

これ以上の言葉は要りません。

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http://dragons.cplaza.ne.jp/game/livescore.html

http://dragons-official.at.webry.info/200711/article_1.html

http://rironha.blog63.fc2.com/

http://www.chunichi.co.jp/s/chuspo/article/2007110190204103.html

http://www.tokyo-np.co.jp/s/tochu/article/2007110190204103.html

http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/s02/

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「中部日本リベンジマッチ・シリーズ」第2ステージ・札幌ラウンド1・2戦:寸評

「中部日本リベンジマッチ・シリーズ」第2ステージ・札幌ラウンド1・2戦を通した寸評を言わせていただくと、1勝1敗という結果ながら、

「点で勝った日ハム、線で勝った中日」

ということになります。

北海道日本ハムファイターズの第1戦勝利は、ダルビッシュ・ユウとセギノールという、投打の“超人”の活躍によるものでした。

一方、中日ドラゴンズの第2戦勝利は、打線はアライバコンビに始まり、ほとんどの打者が得点シーンにからみ、投手陣は先発の中田、石井、(クルスは見なかったことにして)高橋聡文が自分の役割をきっちりと果たし、1本の「線」として機能したのが大きいですね。

特に大きかったのが、DH制を採用するパ・リーグ方式ならではの9番打者、藤井選手が自分の役割をきっちりと果たした、4回表の二死満塁での四球押し出しによる1点をもぎ取った瞬間でしょう。

この打席、藤井選手は、先発グリン投手の後を急遽引き継いだルーキーの吉川投手に対してストレートを2球とも見逃し、たちまち2ストライク・ナッシングと追い込まれてしまいました。

ピッチャーがルーキーとはいえ、受けるキャッチャーは百戦錬磨の高橋信二捕手。

おそらく、藤井が変化球狙いで打席に入ったことをいち早く見抜き、あとは仕上げを間違えなければこの場を何とか切り抜けられるぞ(切り抜けられてしまうなあ)という雰囲気が、敵味方の区別なく球場全体に漂いました。

私も半分諦めの境地で藤井の打席をテレビで観ていると、次の誘い球を見極め、その後の際どいボールを必死に食らいついてファールにしていく姿を見ているうちに、「ヒットはともかく、ひょっとしたら押し出し四球ならば獲得できるかもしれないぞ!」という期待をしだいに抱くようになりました。

それは、当初は変化球待ちの裏を掻かれて2ストライク・ナッシングと追い込まれていた時点の藤井の表情は、ヒットはおろか、とても打席で粘れるような感じは皆無だったのですが、吉川の繰り出す「決め球」を次々とファールでカットしていくたびに、彼の表情に「ヒットを狙うという欲を掻かずに粘れば何とかなるぞ!」という生気がしだいにみなぎってくるのを観てとれたからでした。

案の定、ツースリーのカウントから吉川が投じたストレートは、まるで根負けしたかのように高目に大きく外れ、ここで勝負あり、となりました。

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4回表
井 端 サードフライ 1アウト 日0-1中
森 野 フォアボール 1アウト 1塁 日0-1中
T・ウッズ フォアボール 1アウト 1・2塁 日0-1中
立 浪 フォアボール 1アウト 満塁 日0-1中
中村紀 ライトオーバー二塁打 1アウト 2・3塁 日0-3中
李炳圭 セカンドゴロ 2アウト 1・3塁 日0-3中
谷 繁 フォアボール 2アウト 満塁 日0-3中
藤 井 フォアボール 2アウト 満塁 日0-4中
荒 木 ショートゴロ 3アウト 日0-4中

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この、二死満塁の場面で9番打者の藤井が粘った末に得点を挙げたことで、その裏に、第1戦に引き続き、またもや“超人”セギノールに中田が強烈な1発を食らってもまだ3点の開きがあったので、結果的にもこの1点は、ドラゴンズナインを勇気づける貴重なものとなりました。

そして、この結果は、単に第2戦に勝利してタイに持ち込めただけでなく、特にドラゴンズの外野陣を大いに刺激したはずです。

このシリーズ、CSを含めて、ドラゴンズの内野陣は、ファーストのタイロン・ウッズに始まり、黄金のアライバ二游間、そしてサードは、このシリーズでは安定した守備を見せてくれている中村ノリと、完全に固定化されているのに対して、外野陣は熾烈な“先陣争い”を繰り広げています。

CS第1ステージ、第2ステージでセンターに先発出場したのは平田でしたが、日本シリーズ札幌ラウンドのセンターの先発は2戦とも藤井が務め、それぞれ結果を出しました。

さて、第3戦以降の名古屋ラウンドではDH制がなくなり、必然的に立浪外野手が“定位置”の代打の切り札の役割に戻りますので、第1戦で左の代打として、あのダルビッシュの速球をものの見事にはじき返し、あわや投手強襲内野安打となる強烈なゴロを放って相手ベンチを一瞬慌てさせた堂上剛裕選手も、外野の一角の座を虎視眈々と狙っているはずです。

いわば外野陣は、このシリーズを、自分の来季の処遇を巡る絶好のアピールの場と捉えて、我も我もと列をなして出番を待っているのです。

(FAで中日を出る出ないのという駆け引きをしている福なんとか君も、万が一中日に残るつもりなら、もううかうかしてられないぞ)

そういう意味では、ドラゴンズの外野の布陣も万全。

一方、内野陣の守備は現状より悪くはならないでしょうから、あとは打撃でタイロン・ウッズの爆発を待つのみですが、それは、彼が絶大なる信頼を寄せるナゴヤドーム内“落合クリニック”を本日“受信”して自信を取り戻してくれているはずなので、もう大丈夫でしょう。

投手陣は、両軍ともに、札幌ラウンドほどは安定感が望めない布陣で戦わざるを得ませんので、きっと打「線」の出来が勝負の分水嶺となることでしょう。

明日からの「決戦」を熱く静かに見守っていきたいと思います。

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「中日シリーズ」第2ステージ初戦敗戦のショックを「ミッドナイト」で癒す

「中日シリーズ」第2ステージ初戦は、1回裏に中日ドラゴンズの先発投手、川上憲伸投手が、北海道日本ハムファイターズの四番打者セギノール選手に3ランホームランを打たれて、ほぼ試合の行方が決まってしまいました。

いわばボクシングの試合で第1ラウンド後半に強烈なアッパーカットを食らってダウンを喫し、9カウントで辛うじて立ち上がり、その後は必死に反撃を試みるも、結局序盤の劣勢を挽回するには至らず、第1試合は「判定負け」となってしまったという感じでしたね。

私自身は、テレビ朝日の試合中継放送を観た後、ラジオで監督談話などを確認し、ちょっとネット方面で情報収集した後に、午後10時半から始まるNHKの「スポーツタイム」で第1戦の反省をしているうちに、やはり敗戦のショックからかそのまま眠りの世界にトリップしてしまいました。

テレビをつけっ放しにして熟睡していたのですが、突然、妙にテンションの高い人の声がテレビ画面から聴こえて来て、しだいに睡魔から開放されました。

深夜零時から始まる「秋の夜長もさだまさし」という、いい意味でNHKらしからぬ、不定期特別番組だそうで、さだまさし氏が司会を務めて好き勝手放題に番組を進めることをウリにした(実際に、NHKではNGとされる企業名がいくつか番組に登場していましたが、担当するスタッフが始末書覚悟でこの番組に臨んでいる覚悟が伝わって来て好感が持てました)、昔のAMラジオ深夜放送の「ノリ」をテレビで再現した番組のようでした。

今回の放送は、NHK名古屋局からの生放送だったようで、スタッフや出演者は、やはり昨晩の日本シリーズ第1戦敗戦のショックを引きずって落ち込んだ雰囲気で番組が始まったのが、ちょっと興味深かったですね。

やはり、中日ドラゴンズの勝ち負けは、名古屋市民全体の1日の気分を左右するほど大きな影響力を持っていることを、改めて再認識させられました。

さて、この番組は公開生放送で、リスナーをスタジオに招いていたのですが、非常にユニークだったのは、その中に東海ラジオの名物女性アナウンサー、蟹江篤子氏が参加していて、なんと、NHKの番組の中で民法アナウンサーが登場して、リスナーからのお便り紹介コーナーをさだまさし氏と担当したことでしょう。

聴けば、さだまさし氏がまだ駆け出し時代、グレープというフォークデュオでデビューした際に東海地区でプロモーションに駆けずり回っていた時に、いちはやく彼らの才能に注目して、東海ラジオの深夜番組「ミッドナイト東海」で蟹江篤子アナウンサーがどんどん紹介してくれて、それを契機に全国的な人気に火が点いた歌曲が「精霊流し」だったとのこと。

彼にとっては、一生涯忘れられない“恩人”のようで、それでNHKのスタジオにも招いたのでしょう。

東海ラジオの蟹江アナといえば、1970年代から始まった東海地区独自の深夜放送「ミッドナイト東海」でDJあるいはパーソナリティを務めて、当時の若者たちに絶大なる影響を与えていた存在で、1975年に関東地方に住んでいた私が、中日ドラゴンズのラジオ中継放送が関東地方でも聴こえることを知って、「東海ラジオガッツナイター」を聴いた後に、

http://homepage3.nifty.com/TAMAGAWA/dra/nest/nestsw09.htm

引き続き同局の番組をそのまま聴き続けていることが多かったのですが、最終的には深夜放送の「ミッドナイト東海」に辿り着き、その番組にもハマっていたのでした。

この番組は、当時は東海地区のみで仕事をしていた出演者が、後に東京地区への進出を果たして、全国区の人気を獲得する人材を多数輩出した、まさに登竜門的な深夜番組で、1975年当時に私が聴いていたパーソナリティの中にも、笑福亭鶴瓶(このNHKの番組の蟹江アナのコーナーにも、鶴瓶“師匠”が電話で“飛び入り出演”するというハプニングもありました)や、兵藤ゆきネエが出ていて、その後の全国区的な活動をする前の彼らや彼女らの“過去”を知ることができた、貴重な番組でした。

1975年といえば、中日ドラゴンズが前年の1974年に打倒讀賣を果たしてリーグ優勝を勝ち取った翌年で、「目指せV2」を合言葉に、その年に急に力を付けて来た赤ヘル軍団、広島東洋カープと、熾烈なペナント争いを繰り広げていた年でした。

いわば、NHKテレビのちょっと“不良中年的”深夜番組のお陰で、私自身も1975年当時に熱狂的に中日ドラゴンズを応援していた時代に、いつの間にかタイム・トリップして、再び、第2戦に向けての鋭気を養うことができました。

ありがとう「ミッドナイト」放送!

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「中日シリーズ」第1ステージ“こぼれ話”

さて、前回の記事を書いた21日に、次回の更新時に何か書きますといっておきながら、なかなか更新する暇が取れず“苦戦”しておりましたが、「中部日本リベンジマッチ・シリーズ」第2ステージが目前に迫ってきたので、仕事の合間を縫って更新することにしました。

ドラゴンズが「CS優勝」(笑)を決めた翌朝の21日にはいそいそと近所のコンビニに出掛けて、まずは「トーチュウ」(東京中日スポーツ)、毎日新聞社系列の「スポニチ」、そして、敢えてライバル紙の「スポーツ報知」を購入して記事を読み比べてみたのですが、一番内容が充実していたのは、意外にも「スポーツ報知」でした。

まず、いち早く“敵チーム”のオーナーである中日ドラゴンズの白井文吾氏に取材を敢行したコメントを掲載しており、「今回の(CSの)結果に大満足」でニンマリ! という様子を報じていました。

なにしろ、中日球団が主催したCS第1ステージが2戦2勝で終わってしまったことは、実は経営者としては痛し痒しで、なるべくなら3戦して主催試合の収入をがっぽり稼いでから2勝勝ち抜けするのが理想とするところですが、それはかなり虫のいい話です。

一方、CS第2ステージは讀賣球団の主催ゲームなので、中日にとっては敵地での応援グッズの販売収入ぐらいしか直接の売上に結び付かない訳で、3連勝で勝ち上がって、日本シリーズへの出場権を獲得したことは、少なくとも本拠地での2戦分の主催権が確保されたことになるので、その入場料やテレビ放映権料、球場内での関連グッズや店舗からの“上がり”を考えると、莫大なる売上を見込むことができたのです。

おまけに、「リーグ優勝は逃した」ということで、仮に日本シリーズを制したとしても、選手たちの年俸高騰をかなり抑えることができるはずなので、“福利厚生費”的な扱いの「日本シリーズ優勝旅行」を実施したとしても十分にお釣りが来るという計算が成り立つはずです。

オーナーがこの時点でいち早く落合監督の「続投宣言」をしたのも何となくうなずけるというものです。

おっと、ちょっと方向が「ブラック」な裏日記的になって来ましたので、このへんで軌道修正を。

***

白井オーナーのコメントをいち早く取材した「スポーツ報知」ですが、もう1つ面白い記事が、第3カラー面に掲載されていました。

落合監督の愛息、落合福嗣君の「CS優勝直後」の独占手記が、父親に向けての自筆の手紙の形を取って掲載されていました。

この「自筆」というのがミソで、間違いなく、福嗣君本人が自分の心境を述べたものであることが証明されていた訳です。

この手紙がなかなかよい内容でした。

リーグ優勝を逃し、「公約違反」をした“罰ゲーム”として、丸刈りをするために親子二人で床屋さんに行ったエピソードが語られていましたが、シーズン中は普段なかなか父親と一緒に行動することができない福嗣君が、罰ゲームとはいえ父親と一緒に行動することができるとともに、福嗣君が父親に働き掛けて丸刈りにしようという提案をしたらそれを素直に受けてくれたことに対する喜びや、そして、その悔しさをバネに、見事CSの第1ステージ、第2ステージを駆け上がって「優勝」を勝ち取ったことへの賛辞が「世界一の父ちゃん」という飾らない言葉で綴られていて、非常に好感が持てました。

さて、そういう親子の絆といえば、「中日スポーツ」にも似たような記事が掲載されていました。

こちらは、井端選手の母親に取材したものです。

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http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/s01/CK2007101902057607.html

「結果恐れず頑張って」 井端選手の母・節子さん

2007年10月19日

 先手は取った。さあ、この勢いで-。プロ野球セ・リーグのクライマックスシリーズ(CS)第二ステージが十八日、開幕し、中日ドラゴンズはリーグ覇者・巨人との初戦に打ち勝ち、大事な一勝を挙げた。

 「勝てばいいんです。よかったですよ」。右前適時打でダメ押しの5点目をたたき出した井端弘和選手(32)の母節子さん(61)、静岡県伊東市=は、四万四千人で揺れた客席で、得点のたびに立ち上がって声援を送った。

 井端選手は亜細亜大からドラフト五位でドラゴンズに入って十年目。今年はプロ1000安打も果たし、球界を代表する遊撃手としての地位を固めている。「ここまでの選手になるとは…。入団したころは、十年チームにいられたらいいね、と願っていたぐらいです」と節子さんは振り返る。

 「試合中の顔つきを見ると、少しは責任感が出てきたのかな」と十年間の成長に目を細める。変わらないのは、けがを抱えても弱音を吐かないところ。この春もそうだ。負傷退場した試合後、心配する母の電話にあっけらかんと答えた。「『試合に出なくなったら心配して』って言われちゃいました」

 入団当初は「たとえベンチにいる姿でも見たい」との一心で球場に通った。今でも東京の試合はすべてスタンドで観戦する。「勝ち負けを肌で感じたいから。もちろん息子が活躍するに越したことはないですけど」

 愛息に期待するのは派手な本塁打でなく、二番打者としてのチャンスメークだ。「塁に出れば、きっと(本塁に)かえしてもらえるから。結果を恐れず頑張って、去年果たせなかった日本一を達成してほしい」(中日新聞・朝刊)

***

よく、選手の肉親は、球場に行くと怪我が心配になるし、成績が奮わないとファンからも心無い野次が飛んだりするので応援を控える人たちも多いと聞きますが、井端選手のお母さんは、東京の試合はすべてスタンドで観戦するというのですから、物凄く強い精神力の持ち主であることを示すとともに、そこにも親子の固い絆を感じさせます。

***

さて、親子の絆ではないのですが、世代間を越えた交流ということで、CS第2ステージの初戦で、こんな光景を目撃しました。

私は、三塁側内野席のレフト側外野席に近い、前列20列目ぐらいの位置で観戦していたのですが、

http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_0c85.html

その席は列の右端に位置しており、私の前には、私よりもう少し上の世代、50代後半か60代を若干過ぎたと思われるご夫婦が観戦していました。

奥様はピンクの井端ユニを、旦那さんはブルーの落合監督ユニを着用していたので、たぶん、名古屋方面から“遠征”してきた、ハッピー・リタイヤメントで既に悠々自適で暮らしている団塊世代のドラゴンズファンかもしれないなと思いました。

そして、通路を挟んだ反対側の左端の席には、茶髪の若者、そうですね、今何かと世間を騒がせている亀田兄弟世代と思われる“あんちゃん”が座っていましたが、その右横にはいくつか空席が続いており、少しぽつんとした感じで座っていました。

その“あんちゃん”は、いわゆるカジュアルな服装だったので、ドラゴンズファンなのかジャイアンツファンなのか、最初はよくわからなかったのですが、それは、私が球場に到着したのが3回表の二死満塁の状況から谷繁捕手が2点先制安打を放った直後の、3回裏の讀賣側の攻撃中だったので、三塁側内野席では優勢だったドラゴンズファンが固唾を飲んで試合の行方を見守っていたため、球場内がシーンと静まり返っていたからかもしれません。

それが、4回表のタイロン・ウッズの2点本塁打によってドラゴンズファンが一斉に立ち上がり、三塁側内野席が一気に興奮のるつぼと化し、私も前列の“団塊世代”ドラゴンズファンのご夫婦とメガホンでハイタッチを繰り返していると、例の“あんちゃん”も立ち上がって歓声を上げているので、彼も熱心なドラゴンズファンであることが判明しました。

ドラゴンズファンの友達と連れ立って応援していない彼の様子から想像するに、ひょっとしたら名古屋出身で上京してきて、普段は自分がドラゴンズファンであることを周りにアピールすることもなく生活しているのだが、このクライマックス・シリーズが東京ドームで開催されることを知り、彼の身体の奥底に眠っていたドラゴンズ・ブルーの血が騒ぎ、居ても立ってもいられなくなって球場にやってきたのではないか、という印象でした。

さて、話を“団塊世代”のご夫婦に戻すと、旦那さんはしょっちゅう席を外してしばらくどこかに消えていくので、たぶんタバコを吸いに球場出入り口に設けられた喫煙コーナーにでも出掛けていっているものと思われました。

試合が中盤に差し掛かりドラゴンズがかなり優勢に試合を進めている状況になった時に、その旦那さんが喫煙コーナーから“帰還”してきたのですが、今回は、何か紙袋を抱えてきて、突然、通路の左端に座っている“あんちゃん”の肩を叩くと、彼にその紙袋を渡しました。

どうも、ドラゴンズが優勢で気分もよいし、ハンバーガーセットを買って、気前よくその若者におごってあげようと思ったらしいのです。

突然、ハンバーガーセットを差し出された“あんちゃん”は、最初はとまどっていましたが、ドラゴンズが優勢であったこともあり、恐縮しながらも、結構喜んでそのハンバーガーセットを頬張り始めました。

「お、ちょっと突っ張っているけど、案外いい奴じゃん!」と、私も微笑ましく見ていました。

その後の試合は4対0のスコアから、5回裏と6回裏に讀賣に1点ずつ返され、楽勝ムードから再び緊迫した雰囲気が漂い始めましたが、8回表に井端が中押し点を奪い、8回裏のピンチを岩瀬が凌ぎ、最終的には5対2のスコアで逃げ切ることができて、ドラゴンズファンは歓喜の中で「燃えろドラゴンズ」の凱歌をあげることができました。

http://dragons.cplaza.ne.jp/game/backscore07/score071018.htm

さて、ドラゴンズの勝利を無事見届けることができた私は、帰り支度をしていました。

すると、例の茶髪の“あんちゃん”亀田君(仮名)が、やおら近づいて来て、無言でデジカメを渡して来たのです。見ると、前列の“団塊世代”のご夫婦と三人揃って「記念撮影」をしたいので、それを撮ってほしいということのようです。

「おお、いつの間にキミ達はそんなに仲良くなったんだ!」

と、少々驚きながらも、デジカメのシャッターを2回押して、万が一誤って1枚を削除しても大丈夫なように少々気を利かせてからデジカメを亀田君(仮名)に戻し、ちょっとその場の雰囲気が私も照れくさかったので、すぐにその場を去ることにしました。

ひょっとしたら、亀田君(仮称)はそのご夫婦に記念写真を贈るので住所かメルアドでも尋ねるのかもしれないなと思いつつ、私も彼らの交流に少しだけ貢献できたのが素直に嬉しかったですね。

たぶん、あの三人が普段街中で出会っていたら、お互いが言葉を交わしたり、ハンバーガーセットをおごろうと思ったり、そしてその申し出を素直に受けたり、ましてや一緒に記念写真を撮るなどというシチュエーションはまずあり得なかったのではないかと思います。

それが、

“I love C D”

http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/index.html

http://dragons.cplaza.ne.jp/newslivedragons/livedragons.html

という合言葉1つによって、そのような世代間の垣根を楽々と越えることができるのですから、なんて素晴らしいことなんじゃないかな、という感想を持ちました。

そうだ、やっぱり野球場に行こう!

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「中日シリーズ」第1ステージを圧勝で通過し第2ステージ進出決定!

「中部日本リベンジマッチ・シリーズ」、略して「中日シリーズ」第1ステージを圧勝で通過し第2ステージ進出決定! というまさにその瞬間を、20日(土)の東京ドームレフト側ビジター応援席で見届けることができました。

昨年の2006年10.10に引き続き、2007年10.20は、私自身のドラゴンズ応援メモリアルデーとして、一生涯私の脳内記憶領域に刻み込まれていくことでしょう。

http://dragons.cplaza.ne.jp/game/backscore07/score071020.htm

今回は、ペナントレースで苦汁を飲まされた讀賣ジャイアンツに対して、幸いにも三戦全勝の「スイープ」で圧勝することができましたが、どのゲームも1つ間違えればその結果が逆になっていたかもしれず、その分岐点となったものは、監督、コーチ陣、選手たちの、昨年の秋季キャンプからカウントすればほぼ1年間にわたる長いペナントレースでの努力が報われなかったという悔しさをせめてこの「短期決戦」で一矢報いようという意地と誇りの精神と、それを後押しした全国から集ったドラゴンズファンの気合いと闘志だったと思います。

たしかに、第1戦と第3戦の球場に出掛けて、三塁側内野席やレフト側ビジター応援席という“現場”で私が体感したものは、ドラゴンズファンの、この短期決戦に賭けるすさまじいまでの気合いと闘志でしたが、私はこれらの言葉さえも霞んでしまう「空間」が実は存在していたことを、第3戦の試合途中で知りました。

東京ドームの「アウェイ」の雰囲気の中で、赤の他人、見知らぬドラゴンズファンの人たちたちと心を1つにして、ひととき応援を繰り広げたのち、試合後はまたどこかの球場での再会を期してさっと別れる、“一夜限りの逢瀬”を繰り広げるのも実は結構好きなのですが、もう1つの試合の楽しみ方があります。

神宮球場や横浜スタジアムでは、ビジター扱いとはいえ、外野自由席などでは比較的座る位置に自由度があるので、同じドラゴンズファン仲間でも気の合う人たちと一緒に応援することが多く、その人たちとは、通常は東京ドームのレフト側ビジター応援席でバラバラになって応援していても試合後には集合して勝利の喜びや敗戦時の“反省”を行うことが多いのです。 が、この日はいつもの仲間が運悪く立ち見席しか入手できなかったため、ちょうど私が座っていたビジター応援席の真後ろに当たる、1階外野席最上段の立ち見席に多数集結していたのでした。

試合が中盤に差し掛かり、彼ら&彼女らが立ち見席に来ていることを知り、挨拶がてらにその席に足を踏み入れた瞬間、私は、今までとは全く異なる雰囲気がそこに漂っていることに気づきました。

東京ドームの外野指定席は、ガラス繊維の天幕を空気の圧力で膨らませている建築構造上のお陰で天井を支えるための、邪魔で大きな柱もなく、遥か頭上に天幕が広がる、非常に開放感溢れる雰囲気が漂っているのですが、1階外野席の最上段に位置する立ち見席には、視界を遮る角張ったコンクリートの四角い柱が何本も林立し、頭上には、同じくコンクリート打ちっぱなしの低い天井が迫り、物凄く閉鎖的な雰囲気が漂っているのです。

http://www.tokyo-dome.co.jp/dome/giants/seat/4.htm

そういう状況下で応援することを強要されている観衆にとっては、それこそ「こんなに劣悪な条件下で応援しているのだから、自分の応援しているチームが負けたら只では済まさないぞ!」という気迫、というより、ほとんど「殺気」と呼ぶのが最も相応しい空気に支配されていることに気づき、愕然としました。

この「CS優勝決定試合」の終了後に、ドラゴンズの監督、コーチ陣、選手たちがひととおりセレモニーを終えて、主にレフト側ビジター応援席に陣取る、私たちドラゴンズファンに対して挨拶をするために、レフト側のフェンス方面にまで近づいて来て万歳三唱を一緒にしてくれましたが、

http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/200710/CK2007102102057968.html

http://dragons-official.at.webry.info/200710/article_17.html

Dragons_climax_s_champion_2007

きっと彼らも、試合中にレフト側外野席方面の後方に漂うただならぬ“オーラ”を、三塁側ベンチからも十分に感じ取っていたことでしょう。

それは、CS第1ステージのナゴヤドームでも同様に、外野席後方で熱狂的に応援する人たちからの「殺気」を孕んだ空気がきっと漂っていたものと思われ、それを敏感に感じ取ったドラゴンズ・ナインが、第1ステージのホームゲームで圧勝した流れのまま一気に第2ステージをも勝ち抜き、今回のような、セ・リーグ史上初のクライマックス・シリーズの結果が圧勝で終わった大きな要因の1つになったように感じました。

さて、今回のシリーズでは、そういった「殺気」と形容するのが最も相応しい空気を感じましたが、それとは全く異なった“感想”も持ちました。

それは明日以降の更新時にでも改めて紹介してみたいと思います。

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「中部日本リベンジマッチ・シリーズ」、略称「中日シリーズ」第1ステージ連勝で、第2ステージ進出に王手!

「中部日本リベンジマッチ・シリーズ」、略称「中日シリーズ」第1ステージ連勝で、第2ステージ進出に王手! となりましたね。

昨晩の第2戦の東京ドームにも応援に行きたかったのですが、チケット、それもレフト側ビジター応援席の前列6列目という、ドラゴンズファンにとっては「プラチナチケット」を購入していたにもかかわらず、球場に駆けつけられない無念さを感じつつも、ドラゴンズが快勝で連勝してくれたことのほうがよほど嬉しいです。

http://dragons.cplaza.ne.jp/game/backscore07/score071019.htm

球筋読んで43年もたつと、

http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/about.html

いくらお気楽サラリーマンといえども、それなりに仕事をいいかげんに済ませると赤の他人様に迷惑をかける事態を招くので、さすがにそれだけはちょっとヤバイということで、昨晩はトラブル対応で会社に残り、密かにWeb観戦にてドラゴンズの健闘を祈っておりましたが、私の観戦を犠牲にしてドラゴンズが勝ってくれるのなら、私はそのほうが百倍嬉しいです。

それにしても、18日の第1戦は本当によかった!

なんか、ドラゴンズファンとジャイアンツファンの気合いと闘志の差が、やはりドラゴンズ選手たちを奮い立たせた面もあったのじゃないかと思っています。

7回表に、四球で出塁した森野が、無死一塁の状況で、ウッズのライト方面に高々と打ち上げたホームラン性の打球を、少なくともフェンス直撃と“確信”して三塁まで走ってしまった“ボーンヘッド”がありましたが、その理由の1つは、普段の東京ドームの「アウェイ」の雰囲気ではとても考えられない、ドラゴンズファンの大歓声に吊られて、思わず飛び出してしまったように感じられました。

そこには伏線があり、4回表の攻撃でも、森野が安打で出塁した二死一塁の場面で、タイロン・ウッズが完璧な当たりでライト方面に2ランを打った際、レフト側ビジター応援席が総立ちとなっているのは、元々ドラゴンズの攻撃中は基本的に立って応援しているから、いわば当たり前なのですが、三塁側内野席に座っていて、メガフォンは打ち鳴らすが、やはりジャイアンツファンに多少気兼ねしてか、応援歌を歌う人たちはちらほらだったドラゴンズファンが、ウッズの大きな放物線を描く当たりを目にした瞬間に、「ウオーーーッ!!」という大喚声とともに、まさに総立ちとなったのでした。

私は、三塁側内野席のレフト側外野席に近い、前列20列目ぐらいの位置で観戦していたのですが、その瞬間、周りにいたほとんどの観客が立ち上がって“人の林”が突如出現してウッズの打球が見えなくなり、私は、その直前の状況とのあまりの落差に、思わず出遅れてしまって後から立ち上がったほどでした。

その光景は、ドラゴンズの選手たちの中では、唯一、一塁ランナー森野からしか目に入らない光景なはずで、東京ドームで三塁側内野席に陣取るドラゴンズファンが一斉に立ち上がって大歓声が巻き起こる事態など、今回以外にあり得なかった、あったとしたら、昨年の10.10の優勝決定試合以外にはなかったと思われるのです。

そして、7回表も、ウッズが同様な当たりを放った瞬間、三塁側内野席は再び総立ちとなり、森野自身にとっては、4回表で体験した三塁側内野席の光景が、まるで、“デジャヴ”(本来の「既視感」という意味ではつかい方が間違っていますが)のように蘇り、一塁側コーチスボックスにいた川相コーチは「ステイ!(その場に留まり打球の様子を見ろ)」と指示したかもしれませんが、その声さえも大歓声で掻き消され、思わず駆け出してしまったのではないかと思います。

もちろん、こういう場面であっても、プロの野球選手としては冷静に判断することが求められるわけですが、あえて言えば、森野の身体を勝手に動かしてしまうほど、ドラゴンズファンの気合いが物凄かったのではないかと思います。

このように、三塁側内野席にドラゴンズファンが多数集結できたのは、ひょっとしたら、CS第2ステージ進出を願ってチケットを購入していたタイガースファンのビジター側内野席がチケットショップに多数売りに出され、その無念さが込められたチケットを握り締めたドラゴンズファンが、その残留思念(タイガースファンも、ペナントレースの終盤はてっきりドラゴンズとリーグ優勝を争うと思っていたはずで、“漁夫の利”を得たジャイアンツに肩透かしを食らわされた気分のはず)のエールをもらって、いつも以上に気合いが入っているものと思われ、その点ではタイガースファンにも、感謝、感謝です。

本日は土曜日。サラリーマンにとっては休日なので、なんとか球場に駆けつけられると思います。

関東在住、そして名古屋方面、いや全国から駆けつけて来る我々ドラゴンズファンが、この「アウェイ」の地東京ドームに集結して、選手たちの後押しができる喜びを噛み締めながら、精一杯応援していきたいと思います。

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「中日シリーズ第1ステージ」の初戦に勝利

「中日シリーズ第1ステージ」

http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_b29b.html

の初戦にドラゴンズが勝利するのを、東京ドームの三塁側内野席で見届けることができました。

通常のペナントレースならば、レフト外野ビジター応援席で、まわりをドラゴンズファンに囲まれて応援できるので、球場の大部分が「アウェイ」の雰囲気で支配されているとはいえ、比較的気分よく応援できるのですが、今回はビジター応援席のネット販売はあっという間に終了したので購入できず、いわばビジター応援席の購入がドラゴンズファン同士の争奪戦となったのが、讀賣側の作戦であることを考えると非常にシャクの種でしたが、これがペナントレースを制することができなかった、ドラゴンズとドラゴンズファンへの罰ゲームと捉えて、ぐっと我慢するしか仕方がないですね。

通常のペナントレースで、たまに東京ドームの三塁側内野指定席で応援すると、やはり讀賣ファンが圧倒的に多く、本日もそのような雰囲気を予想していたので、球場に着くまではかなり気が重かったのですが、このクライマックス・シリーズでは、レフト外野席はすべてビジター応援席に割り当てられていて(通常のペナントレースでは、レフト外野席のバックスクリーン側は「ジャイアンツ応援席」に割り当てられていて、さらに「アウェイ感」が割り増しされてしまいますが)、外野席の左半分がすべてドラゴンズブルー一色となり、さらに、三塁側内野指定席も比較的ドラゴンズファンが座席を占有していて(ドラファン6.5対ジャイファン3.5という印象)、ドラゴンズが得点すると、見知らぬドラゴンズファン同士が一体感を持って喜びを分かち合うことができたので、いい意味で予想がはずれたのが嬉しかったですね。

これを契機に、是非、通常のペナントレースでもレフト側外野席はすべて、ビジターチーム側の応援席にしてほしいものです。

関東の球場にやって来るドラゴンズファンは、神宮球場や横浜球場では気前よくグッズを購入したり飲み食いしたりするので(その理由の1つは、地元ナゴヤの球場よりサービスが遥かに良いことは公然の秘密ですが)、お得意さんになりますぜ、東京ドーム経営陣の皆さま。

まあ、それはさておき、ちょっと昨年10.10の東京ドーム優勝決定試合の雰囲気を思い出してしまいました。(おっと、いかんいかん遠い目は)

http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_19da.html

***

試合のほうは、ドラゴンズの選手たちが、ようやく短期決戦の戦い方に慣れてきたように感じられたのが大きかったですね。まあ、この試合ではドラゴンズの選手たちもいろいろとミスを犯しましたが、それ以上にジャイアンツの選手たちがミスを重ねてくれたので、第1戦を勝利で飾れたように思います。

このままの形で「一日の長」を大切にして、勝ち抜いていっていってほしいです。

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セ・リーグCS第1ステージは、阪神さんが借りてきたネコのまま

セ・リーグCS第1ステージは、阪神さんが借りてきたネコのまま、結局は恐ろしい“トラ”に変身することなく終わったので、形の上では「圧勝」でしたが、こういう“超”短期決戦の怖さを嫌というほど実感させられました。

http://dragons.cplaza.ne.jp/game/backscore07/score071013.htm

http://dragons.cplaza.ne.jp/game/backscore07/score071014.htm

それに対して、パ・リーグの第2ステージは、昨日の試合でロッテが逆転勝利を収めて2勝2敗のタイに持ち込み、厳しい試合が続いていますね。

特に賞賛すべきはロッテの粘り強さで、昨年の日本シリーズでドラゴンズが何もできなかった札幌ドームの「アウェイ」の雰囲気をものともせずに善戦している姿に、素直に脱帽しております。

さて、18日(木)からは、いよいよ我が中日ドラゴンズが、敵地東京ドームに乗り込んで、「アウェイ」の雰囲気の中で闘わなければなりません。

まあ、強風吹きすさぶ千葉マリン球場で逞しく育った千葉ロッテマリーンズと異なり、セ・リーグでドーム球場を持つ“温室”育ちの両チームのことですから、違った意味でいい勝負になるのではないでしょうか。

この、5戦3勝勝ち抜け戦は、讀賣ジャイアンツにとっては「クライマックス・シリーズ第2ステージ」となりますが、中日ドラゴンズにとっては少々意味合いが異なります。

すなわち、ペナントレースの終盤、ドラゴンズが当面のライバル阪神とゴチャゴチャ足の引っ張り合いをしているどさくさに紛れて、いったんは「死んだ振り」をした後に下位球団だけを徹底的に潰す(確かシーズンの終盤に、東京ヤクルト、広島カープ、横浜ベイ3球団全てに3タテを食らわしたはず)というしたたかな作戦を成功させた讀賣球団にリーグ優勝をかっさらわれた悔しい恨みを思う存分晴らす闘いの場であるといえます。

そこで、今回の東京ドーム決戦を、「クライマックス・シリーズ第2ステージ」と、マスコミと世間は呼んでいただいて結構ですが、私個人としては、「中部日本リベンジマッチ・シリーズ第1弾」、略称「中日シリーズ・第1ステージ」と、勝手に呼ばせていただきます。

もちろん、第1ステージの次には第2ステージが控えており、日本ハムが日本シリーズに勝ち進んだら昨年のリベンジマッチということで、もしロッテが日本シリーズに勝ち進んだら「リメンバー1974リベンジマッチ・シリーズ」となりますね。

ところで、1974年のロッテオリオンズとの日本シリーズでの記憶で思い出しましたが、高卒入団3年目ながら、阪神とのCS第1ステージでスタメンに名を連ね、CS初ヒットも放った平田良介選手について、ある「発見」をしました。

試合を中継していたアナウンサーが、平田選手を描写する際に、「ヘルメットを目深にかぶって打席に立っています」というちょっと気になる表現をしていたことと、それとともに、高卒入団3年目にして既にプロ野球選手に相応しいがっちりとした体格、CS初安打が右方向であったことに象徴される広角打法(まあ、テキサス・リーガー性安打でしたが(^^;))ということで想起される、歴戦の中日ドラゴンズ強打者の名前は…。

そう、大島泰徳氏です。

彼は、1974年の日本シリーズではなかなか輝かしい働きをしており、特に最終となった第6戦では、ドラゴンズがロッテに1点リードされたまま、ロッテの主戦村田兆治投手の重い速球とフォークボールのコンビネーションにドラゴンズの打撃陣の誰もが打ちあぐねてしまい、いよいよ終盤を迎えた絶体絶命の場面に彼が代打として登場し、いったんは同点となる起死回生のソロホームランをかっとばして、ゲームを振り出しに戻してくれたのでした…。(おっと、いかんいかん、遠い目は)

大島泰徳氏は、自身の公式サイト

http://www.ohshima-yasunori.com/top.html

を開設しておりますが、トップページに掲載されている、ヘルメットを目深にかぶった彼のイラストを見て、いよいよ確信に至りました。

平田よ「大島2世」を目指せ!

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※自己テキストの宣伝ですが、過去に、「山崎武司選手と関川浩一選手応援テキスト」に名を借りた「大島泰徳&近藤貞夫礼賛テキスト」は、コチラです。↓

http://homepage3.nifty.com/TAMAGAWA/dra/nest/nestsw08.htm

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いよいよ、「龍争虎闘“ENTER THE DRAGON”」が

いよいよ、「龍争虎闘“ENTER THE DRAGON”」が、本日からセ界初“公開”されます。

勝利の凱歌は、もちろん「燃えよドラゴンズ!」で決まりだね。

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