カテゴリー「「野球のルーツ、ニグロリーグなど、佐山和夫氏関連」」の記事

マスターズリーグ12月18日(火)東京vs名古屋のリベンジマッチ観戦を

マスターズリーグ12月18日(火)東京vs名古屋のリベンジマッチ観戦をする予定だったのですが、職場での会議が長引いて退社予定時刻の17時を過ぎるは、急に顧客からの対応をしなければならなくなるはで、結局会社を脱出したのが20時過ぎ。

東京ドームには21時ちょっと前にやっと到着することを考えると、18時開始のマスターズリーグの試合は、通常のプロ野球ペナントレースとは異なりサクッと進行するので3時間以内に試合が終了するはずなので試合は観戦できないだろうなという予想はつきましたが、このまま家路に着くのも何かシャクだったので、とにかく東京ドームに行くことにしました。

大江戸線沿線での東京ドームの最寄駅である春日駅で降車すると、東京ドーム外野席方面の入口に徒歩5分ほどでたどり着くことができますが、やはり予想通り、球場の入り口に着いたときが9回裏の攻撃のまっ最中で、まさに試合終了場面を迎えていたようです。

結局、試合は6対2で名古屋がリベンジを果たし、5チームで争うリーグ戦で、4チームが2敗で競う大混戦になっているようです。

試合経過の詳細は、以下の通りです。

<07-08プロ野球マスターズリーグ>No.12 2007年12月18日(火曜) 

東京ドリームス - 名古屋80D’sers 2回戦(東京ドーム)

http://www.sports-access.jp/04-05ML/score07-1218-12.html

さて、このまま何もせずに帰宅するのもバカバカしいので、野球関係の書籍が揃う、後楽園ビル近くの山下書店で、せめて野球関連の書物を買い漁って、自分を慰めることにしました。

購入したのは以下の3冊でした。

『図解 プロ野球「新・勝利の方程式」--「送りバント」と「守備力」が優勝を決める』(田端到著/講談社+α文庫)

『フォークボール一代』(杉下茂著/ベースボール・マガジン社)

『野球とシェイクスピアと』(佐山和夫著/論創社)

それぞれの本の購入動機ですが、『図解 プロ野球「新・勝利の方程式」』は、帯に書いてある「落合&ヒルマン『勝利の鉄則』」というキャッチコピーに惹かれたためで、『フォークボール一代』は、著者である杉下茂氏が、現在トーチュウ(東京中日スポーツ)および中日スポーツ紙上で断続的に連載されている聞き語り記事、「伝える」が、いずれは単行本化されるであろう前の“つなぎ”の本として興味を持ったのと、3冊目の『野球とシェイクスピアと』については、著者の佐山和夫氏については、1984年に、彼の処女作である、ニグロ・リーグの伝説の超絶速球投手サチェル・ペイジの生涯を取材して描いた『史上最高の投手はだれだ』に出会ってから、彼の著作のファンであったからでした。

真っ先に読了したのは、『野球とシェイクスピアと』で、文章の量が少なかったのと、内容が、野球のルーツに関することと、アメリカ合衆国が独立する前にイギリスの植民地だった時代に野球のルーツとなるボールゲームをプレーしていた清教徒たちのお話と、シェークスピアを巡る話がコンパクトにまとめられていたので、あっという間に読み終えることができました。

元々、野球のルーツに関する話は、佐山和夫氏本人の講演会を10年以上前に聴いたことがあったので、予備知識も既にあり、興味深く読むことができました。

その講演会の終了後に行われた佐山氏との懇親パーティでは、野球のルーツに関する競技について、昔、東京で流行っていた、私も小学生時代にやっていたある日本の子供の遊び(球技)が、それに関係があるのではないかという仮説をもっていたので、それとの関係を直接彼に尋ねてみたいと思っていたので、その懇親会の席で彼に直接尋ねようとしたら、「じゃあ、その話の続きを聴きたいので別のところに行こう」と言って、数人のその会場で初めて知り合った人たちと別会場で二次会に行くことになりました。

結局、二次会場として着いた場所は、杉並区のとあるカラオケスナックで、飲めや歌えやに終始して、あまり詳しい話はしないまま分かれたのですが、佐山氏も一次情報を入手できればそれでよかったので、それ以上は話をしたくなかったのだろうと解釈しています。

その子供の遊びについては、また場を改めて。

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少年時代は関東地方(東村山市や千葉市)に住んでいましたが

少年時代は関東地方(東村山市や千葉市)に住んでいましたが、その時のドッヂボールのローカル・ルールでは、横手から円盤投げのような要領で投げる投法が女投げ、上手から投げる投法が男投げでしたね。まあ、要するにオーバースロー以外の変則投法が女投げと呼ばれていたようですね。

ちなみに、野球が現在のように世界的に普及していなかった(笑)20数年前は、野球というスポーツをやったことがない国、例えば中国あたりに野球を導入しようとすると、何故か、陸上競技の槍投げの選手が呼ばれてピッチャーの真似事をさせられていたのが笑えましたね。

確か、チェコの槍投げ世界記録保持者ヤン・ゼレズニー選手が、アトランタ五輪後に競技生活を引退した後に余技として、アトランタ・ブレーブスの入団テストをピッチャーとして受けたそうですが、いくら身体能力が高いとはいえ、野球未経験者の彼が、ただ速い球を投げれればピッチャーが務まるというほど甘い世界ではないことを知っている我々から見ると、随分無謀なことをしたものだと思ったものです。

ところで、少年時代のボール遊びで「ろくむし」という球技をやっていた子はいねえか。これは、アメリカのベースボールの原型となったタウンボールという遊びが、どこかで直輸入されて、日本の子供の遊びになったものと思われますね。

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本当は世界一だったニグロ・リーグ

本当は世界一だったニグロ・リーグ

佐山和夫氏の『史上最強の投手はだれだ』という、ニグロ・リーグの大投手サチェル・ペイジの伝記本を1980年代に熱読した者としては、「真の野球の世界一はどこなのか。そしてWBC、メジャー、NPBは、果たしてガチンコなのか?」という疑問に対して黙っているわけにはいきません。

実は、ニグロ・リーグ(当時、本当にこう呼ばれていたので、この呼称が正しい)では、NPB王貞治の本塁打記録を遥かに超す1,000本以上の本塁打を打った打者の話や、史上最高の豪速球投手といわれたサチェル・ペイジを初めとするニグロ・リーガー選抜と、当時のメジャー・リーガー選抜がガチンコで対戦した結果、メジャーが子供扱いされ負けてしまい、その実力だけはメジャー・リーガーからリスペクトされながらも、世間からは差別されていたのがニグロ・リーガーたちだったわけです。

そして、ニグロ・リーグには正確な記録が残されていないのですが、じゃあ、何故記録がきちんと残されずに参考記録に留まり、また記録自体が重視されなかったかというと、ニグロ・リーグというのは、貧しい黒人達の唯一の娯楽の対象であり、それは賭けの対象、すなわち黙認されたギャンブルだったわけです。

したがって、彼らは胴元からの指示で勝ち負けをコントールして、いつでも160キロを超す直球を投げて相手を三振に切ってとったり、相手の打者の打ち易いところに投げてホームランを配給したり、一方打者のほうも、ポール直撃弾を放つことさえ朝飯前だったのです。実力世界一というのはそういうレベルのことなのです。

プロというのは、どの競技でも生活が掛かっているからね。

ちょうど、バスケットボールの「模範試合興行」で有名なハーレム・グローブ・トロッターズの超ロングシュートが、九分九厘ネットインするのと同じくらいに、あらゆるスポーツのプロの技術というのは恐ろしいし、そのために毎日厳しいトレーニングを積んでいるのです。

 

さて、WBCのどの試合が、あらかじめシナリオが用意された試合で、どれがガチンコ試合なのかを推理するのも、そして、たとえシナリオがあらかじめ用意されていた試合であったとしても、そのシナリオとそれを実現した選手のパフォーマンスが素晴らしければ、敢えてその趣向に乗って、本当に感動の涙を流すのも、長年のファンとしては心躍らせる楽しい瞬間でもあります。

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