たぶん、中日ドラゴンズの公式ホームページでの「選手データ」
http://dragons.cplaza.ne.jp/member/07member/player.html?12
からは、間もなく削除されてしまうことでしょうから、その前にデータを救っておきます。
12 投手
岡本真也 おかもとしんや
■2006年成績■
56試合 4勝1敗1S 防御率 3.40
■通算成績■
226試合 27勝14敗2S 防御率 3.13
★4年連続50試合登板と、フルシーズン1軍を
生年月日 1974.10.21 身長・体重 183cm 95kg
出身地 京都 投打 右 右
血液型 A型 趣味 ゴルフ
略歴
()内はドラフト順 峰山高…ほか…ヤマハ=01年(4)
今年の目標 中継ぎの中心になる
(ていうか、実はこのデータは間違っていて、入団が2001年になっているが、実際は2000年のドラフト第4位入団のはずですが)
というわけで、改めて、NPBの選手プロフィール
http://bis.npb.or.jp/players/11515113.html
を掲載してみましょう。
|
年 度 | 所属球団 | 登 板 | 勝 利 | 敗 北 | セ │ ブ | 完 投 | 完 封 勝 | 無 四 球 | 打 者 | 投 球 回 | | 安 打 | 本 塁 打 | 四 球 | 死 球 | 三 振 | 暴 投 | ボ │ ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 |
| 2001 |
中 日 |
3 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
22 |
6 |
|
0 |
0 |
5 |
1 |
6 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0.00 |
| 2002 |
中 日 |
7 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
51 |
10 |
.2 |
15 |
2 |
4 |
1 |
10 |
0 |
0 |
12 |
11 |
9.28 |
| 2003 |
中 日 |
40 |
4 |
6 |
0 |
0 |
0 |
0 |
398 |
97 |
|
79 |
9 |
27 |
3 |
96 |
10 |
0 |
39 |
36 |
3.34 |
| 2004 |
中 日 |
63 |
9 |
4 |
0 |
0 |
0 |
0 |
304 |
75 |
.1 |
60 |
6 |
26 |
2 |
85 |
4 |
0 |
19 |
17 |
2.03 |
| 2005 |
中 日 |
57 |
10 |
3 |
1 |
0 |
0 |
0 |
272 |
63 |
|
60 |
4 |
30 |
2 |
65 |
3 |
0 |
22 |
22 |
3.14 |
| 2006 |
中 日 |
56 |
4 |
1 |
1 |
0 |
0 |
0 |
226 |
53 |
|
51 |
5 |
21 |
1 |
56 |
3 |
0 |
21 |
20 |
3.40 |
| 2007 |
中 日 |
62 |
5 |
2 |
0 |
0 |
0 |
0 |
225 |
56 |
|
43 |
3 |
21 |
1 |
44 |
2 |
0 |
18 |
18 |
2.89 |
|
通 算 |
288 |
32 |
16 |
2 |
0 |
0 |
0 |
1498 |
361 |
|
308 |
29 |
134 |
11 |
362 |
22 |
0 |
131 |
124 |
3.09 |
|
|
私は、熱狂的な岡本投手ファンとはとても言えない立場ですが、それでも、今回の「人的補償選手」に彼が選ばれた、というより、中日の首脳陣が彼をプロテクトしなかったことには驚きを禁じえませんでした。
岡本投手が、自分が西武から指名されるにあたり、「ひょっとしたら、自分が指名されるかも」という趣旨のコメントを発した点から推察するに、首脳陣との間に何らかの、そういう“空気”を感じさせる“心の隙間”がお互いに生じていたということなのでしょう。
今回のFA制度による「強制移籍」システム自体に対しては、もちろん怒りを禁じ得ませんが、それだけでなく、今回の出来事は、何か単純に割り切れないものを感じさせるのも事実です。
もちろん、落合監督が「本当の事情は現場を預かる人間にしかわからない」ということをおっしゃっていることを重々承知してはいても、やはり素直に納得できないのが本音ですね。
***
さて、私が、岡本投手を“間近”に見たのは意外と古く、彼が2000年に中日ドラゴンズにドラフト第4位で入団した翌年、2001年3月31日の“開幕戦”のブルペンで投げる姿を見たのが最初でした。
といっても、1軍の公式戦ではなく、1軍の開幕試合が開催された、ナゴヤドームでのナイター、中日ドラゴンズ対広島東洋カープ戦第1回戦
http://dragons.cplaza.ne.jp/game/backscore01/score010330.htm
に先立つこと数時間前に、ナゴヤ球場のデーゲームとして開催された、ウェスタン・リーグの開幕戦、中日ドラゴンズ対福岡ダイエーホークス第1回戦の試合を、1軍と2軍の兄弟試合を両方とも観戦する機会があったからでした。
この試合に関する情報がないかなと検索してみたところ、以下のサイトがありました。
「若竜闘いの軌跡」というホームページ
http://web1.incl.ne.jp/nsystem/main.htm
に、この試合のレポートが掲載されており、<リンクについて-2001年8月6日>によれば、「このHPへのリンクはご自由にどうぞ。リンクを張ったというご連絡も不要です。」とのことですので、寛大な管理人様のお言葉に甘えて、リンクを貼らせていただきます。
http://web1.incl.ne.jp/nsystem/010331.htm
試合結果は以下のとおりでした。
01/03/31 ナゴヤ ダイエー1回戦(対ダイエー1勝)
◎ショーゴー同点ソロ、森野サヨナラ打◎
| |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
計 |
| ダイエー |
0 |
0 |
0 |
1 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
1 |
| 中 日 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
1 |
1X |
2 |
[本塁打]ショーゴー1号(篠原)
[勝 投]朝 倉 (1試合1勝)
[敗 投]長 冨 (1試合1敗)
| |
安 |
二 |
三 |
本 |
振 |
球 |
犠 |
盗 |
併 |
残 |
失 |
暴 |
捕 |
ボ |
| ダイエー |
5 |
1 |
0 |
0 |
8 |
2 |
3 |
1 |
1 |
5 |
0 |
0 |
0 |
0 |
| 中 日 |
8 |
2 |
0 |
1 |
3 |
2 |
2 |
0 |
1 |
7 |
0 |
1 |
0 |
0 |
| |
打 |
安 |
二 |
三 |
本 |
点 |
打率 |
| 1 |
右 |
種 田 |
3 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
.000 |
| |
投 |
朝 倉 |
1 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
.000 |
| 2 |
二 |
荒 木 |
3 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
.000 |
| |
二 |
神 野 |
1 |
1 |
0 |
0 |
0 |
0 |
1.00 |
| |
走中 |
蔵 本 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
- |
| 3 |
一 |
渡 辺 |
3 |
2 |
1 |
0 |
0 |
0 |
.667 |
| |
一 |
筒 井 |
1 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
.000 |
| 4 |
中右 |
幕 田 |
4 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
.000 |
| 5 |
三 |
アンロ |
3 |
2 |
1 |
0 |
0 |
0 |
.667 |
| 6 |
左 |
益 田 |
2 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
.000 |
| |
打左 |
原 田 |
1 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
.000 |
| |
二 |
善 村 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
- |
| 7 |
遊 |
森 野 |
4 |
1 |
0 |
0 |
0 |
1 |
.250 |
| 8 |
捕 |
鈴木郁 |
2 |
1 |
0 |
0 |
0 |
0 |
.500 |
| |
捕 |
清 水 |
1 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
.000 |
| 9 |
投 |
前田幸 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
- |
| |
投 |
バンチ |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
- |
| |
打右左 |
ショー |
1 |
1 |
0 |
0 |
1 |
1 |
1.00 |
| 計 |
30 |
8 |
2 |
0 |
1 |
2 |
.267 |
| |
打 |
安 |
二 |
三 |
本 |
点 |
打率 |
| |
回 |
打 |
安 |
責 |
暴 |
ボ |
防御率 |
| 前田幸 |
2 |
7 |
1 |
0 |
0 |
0 |
0.00 |
| バンチ |
3 |
12 |
2 |
1 |
1 |
0 |
3.00 |
| 朝 倉 |
4 |
14 |
2 |
0 |
0 |
0 |
0.00 |
D先発・前田幸
2イニングを1安打無失点に抑えた。先頭・柳田に左翼越えの二塁打を浴
び、1死三塁のピンチを迎えたが、3番・大越をナックルで、4番・吉本は
138キロの速球でそれぞれ空振り三振に打ち取った。 2月の紅白戦からの無
失点はこの日の2イニングを加え、16イニングに伸びた。
前田幸 「もうやり残したことはない。公式戦初登板? 近々にある
でしょう」
D2番手・バンチ
右腕の違和感から18日の日本ハムとのオープン戦(東京ドーム)以来、13日
ぶりの実戦マウンド。暴投で1点を失ったが、速球のMAXは144キロに達し、
4三振のうち3個をカーブで奪うなど変化球も切れていた。
バンチ 「腕はだいぶいい。リズムが良かった」
D5番三塁・アンロー
1-1で迎えた9回裏には左翼線二塁打を放ち、サヨナラのおぜん立て。
アンロー 「良かったころに戻ってきた。1軍? 僕が決めることじゃ
ないけど、早く上がれることを楽しみにしているよ」
【4月1日付け中日スポーツより引用】
------------------------------------------------------------
実は、この試合に岡本投手は登板していませんでした。
ただし、ナゴヤ球場のブルペンで(といっても、神宮球場と同様に、内野グラウンドのすぐ横のファールゾーンに、投球練習用のマウンドが2つ設置されている簡便なマウンドでしたが)、試合中に岡本投手が投球練習をしている姿を見ることができました。
そして、彼が投げていたマウンドの隣では、前年に米国のマイナーリーグから入団してきた、元西武ライオンズの投手で、非公式に“160キロ”を計測したこともあるという噂があった、前田勝広投手も投球練習をしていて、噂の豪速球は見られるのか、と期待していたのですが、この、速球を売り物にして入団してきた2人が並んで投げる姿を、ブルペンすぐ横の内野席から、固唾を呑んで観察していたところ、「シュルシュルシュル」という、ボールが空気を切り裂きながら回転して行く音を立てながら、ブルペン捕手のミットに収まるシーンを観察できる距離にいましたが、いくら投球練習とはいえ、正直なところ、あまり球に勢いが感じられず、「おいおい、この人たち、春先とはいえ、こんなにのんびりとした球を投げていて、果たして大丈夫なのかい?」と心配になったものでした。
結局、2人ともこの試合での登板機会は訪れず、そのまま試合終了となったのですが、試合終了後に寮に向かうバスに乗り込む選手たちを待ち構えていると、既に岡本選手はそのバスに乗り込んでいました。
新人ということで、“初物”が好きな1人の女性ファンが、バスの窓越しに岡本投手にボールを渡してサインをねだっていたのが印象的でしたが、サインをゲットしたその女性の「ヤマハ(彼の出身球団に引っ掛けたニックネーム)は、この1年が勝負だな」と、えらく冷静なコメントをしていたのが面白かったですね。
サインをねだられた岡本投手も、嫌な顔ひとつせずにファンサービスに努めていた姿に好感が持てました。
この女性ファンに「この1年が勝負」と評された岡本投手でしたが、この年はケガに悩まされたこともあり、未勝利に終わるとともに、翌年も未勝利で、本来は速球が売り物だということだったのに、年々自信を喪失してしまって球速も落ちてしまい、いよいよ2003年に結果を出さなかったらオフには戦力外通告か、と思われたところ、この年に、近鉄バファローズから“緊急避難”的に移籍してきた、大塚晶則投手から、縦に落ちるスライダーを伝授され、元々の持ち球だったフォークと相まって、2種類の“落ちる魔球”を駆使して突然ブレークし、自信を取り戻した速球までもが復活を遂げ、以降、ドラゴンズに欠かせない不動のセットアッパーの地位を獲得したのですから、野球人生とはわからないものです。
岡本投手と同期のドラフト指名選手で、現在ドラゴンズに残っているのは、第1位指名の中里投手しかおらず(ドラフト第5位指名の土屋鉄平選手がその後東北楽天ゴールデンイーグルスに移籍してブレークし、第6位指名の仲澤忠厚選手も福岡ソフトバンクホークスで現役続行していますが)、まさか第4位指名の岡本真也投手が出世頭になるとは、当時の2軍戦のブルペンで投げていた姿を知っている私にとっても、嬉しい誤算でしたね。
ところで、今回の“岡本ショック”ですが、ドラゴンズファンにとっては、いつもとは少々異なる波紋を呼んでいるような気がします。
1つだけ、その例を挙げると、私のブログでも、バナーを貼っている「ブログ村」という「ブログの集合体」みたいのがあり、そのカテゴリーに「野球ブログ」
http://baseball.blogmura.com/ranking.html
というのがあります。
ここでは、自分の贔屓チームごとに、ブログの数がランキングされているのですが、面白いことに、これが、現在の球界事情を如実に表しているのです。
現在、ここでの贔屓チームの第1位はダントツで阪神タイガース、第2位は中日ドラゴンズ、第3位は福岡ソフトバンクホークスで、かつての「球界の盟主」だったはずの讀賣ジャイアンツは、第4位の北海道日本ハムファイターズに次いで5位に甘んじており、上位3チームからは遥かに引き離された数しか、ブログの開設者が存在していないのでした。
どんなにマスコミが取り繕っていても、もうWebの世界では、讀賣ジャイアンツが突出した人気を誇る特別な球団でないことは明らかなのです。
実は、数ヶ月前までは、第2位は福岡ソフトバンクホークスで、中日ドラゴンズは僅差で第3位だったのですが、日本一効果でしょうか、しだいにドラゴンズファンのブログ開設者が増加し続けて、遂にホークスを抜き、現在は球界で第2位のブログ開設者が所属する人気球団になっています。
ところが、ごく最近“異変”が起こっています。
今まで、順調にブログ開設者が増加してきた中日ドラゴンズですが、つい最近、減少傾向が見られるのです。
まだ2、3人の減少数ですが、それでも、敢えて「ブログ村」から脱退するドラゴンズファンが発生していること自体は、非常に稀な現象と言わざるを得ません。
これはあくまで私の推測ですが、今回の「岡本人的補償移籍問題」が何らかの影響を与えたのではないかと思います。
何かしら、納得のいかない空気が、中日ドラゴンズファンの間に漂っている気がしています。
そういう中で、岡本投手の“後輩”に当たる、中田賢一投手が、「岡本投手のこれまでの功績に報いるためにも、自分が1イニングでも長く投げて、中継ぎ投手の負担を減らしたい」という宣言をしたのは、注目に値しますね。
額面どおりに受け取れば、自分がもっと頑張らなければならないと宣言したわけですが、もう1つ、去り行く先輩投手へのエールとともに、敢えて岡本投手をプロテクトしなかった首脳陣に対する、せめてもの“抗議の意思表示”と捉えたのは穿ち過ぎでしょうか。
今は、よくぞ言った中田、とだけ述べておくことにします。