カテゴリー「映画・テレビ」の記事

テイスト・オブ・ハニィ?

2008年 7月 5日(土)00時43分52秒   

久々に心ゆったりと終電で帰宅できます。

このところ、終電で帰れれば御の字という仕事状況が続いておりましたが、この3日間はあまりの忙しさで、中日の試合の詳細をほとんど記憶していないのですが、地上?では、対阪神三連戦の初戦で、9回裏にイ・ビョンギュさんの赤兎馬プレー((c)東山にしこ氏。しかし、さすが熱烈歓迎ファンの人はうまいこというなあ。)が飛び出してグッバイ・ベースボール(違)をやられるなど、いろいろなことが起きていたのですね。

まあこれが、北京五輪が終わっている頃にはどういう状況になっているのかが見物ですね。これ以上は悪くなりようがないだろうし。

中日は、阪神に極端に弱いだけで、他のチームに対してはそこそこ勝つから、むしろ始末に負えないんですけどね。

ある意味、ベンチが半ば確信犯的にイ・ビョンギュ元・赤兎馬選手を起用しているのは、現時点ではチームの本当の力を出し切らないように“調整”するための、いわば拘束具(エヴァンゲリオンでいうところの)の役目をしてもらっているのでしょう。

そして、森野や井端が復帰して、来週からは洞爺湖サミットで40年振りにギララが地球に来襲して大騒ぎになりhttp://www.cinemacafe.net/news/cgi/report/2008/01/3250/index.htm

さらに名古屋では、ナゴヤドームで8月20日から「世界妖怪サミット」が開催されるので、中日の親会社は本物のサミットどころじゃないし…。

http://yokai-dome.com/outline/index.html

やがて、いよいよ北京五輪が始まり、ビョンギュさんも晴れて韓国代表として召集されれば、大手を振って(?)ベストメンバーで戦うことができるようになるので、そこで本気モードで勝ち進み、阪神にプレッシャーを掛ける。

今シーズン、阪神は今まで全くと言ってもいいほど不調の時期がないだけに、かえって後半戦に息切れして大型連敗をするかもしれず、そのいっときが勝負となるという首脳陣の読みかもしれません。

そのときに大型連勝をしたチームが“ミラクル”を起こせるという筋書きでしょうか。

もちろん、そのチャンスは中日だけでなく、横浜以外のチームすべてにあるともいえますが。

まあ、職業野球とはそういうものでしょう。

ところで、なかなか波に乗れない中日ですが、結局、昨年の終盤に非常においしい思いをしてしまったことに原因があるのかもしれません。

いくら落合監督が、「CSは眼中にない」と発破をかけても、選手たちの身体には、昨年のポストシーズン・ゲームで覚えた甘い誘惑が染みついていますからね。

確かに、昨年のペナントレースでは、終盤に讀賣ジャイアンツにリーグ優勝をかっさらわれて悔しい思いをしましたが、その後に行われたクライマックス・シリーズで、オール阪神巨人に5連勝して日本シリーズ出場権を勝ち取り、その勢いをかって、北海道日本ハムファイターズまでをも撃破して54年振りの日本一を勝ち取ることができたのですから。

そのこと自体はめでたいとしても、それじゃあ、あの厳しい練習に明け暮れたキャンプから始まり、死力を尽くして戦ったペナントレースの奮闘努力はいったい何だったんだということになりますよね。

極論すれば、ペナントレースは阪神さんに目一杯頑張って走ってもらいビール掛けで腑抜けになってもらった後に、リーグ戦終了後に行われるクライマックス・シリーズに2位で進出できる権利を確保しておきさえすれば、今年から1勝分のハンディが付けられるとはいえ、その短期決戦にだけ集中して頑張って勝ち抜けば、簡単に栄誉を受けられる。

そのこと自体が非常に虚しいと頭ではわかってはいても、身体が、昨年のおいしい蜜の味を知ってしまった以上言うことをきかないというのが実態なのかもしれません。

大体、蜂蜜という食品の成り立ちが、本来は、働き蜂が、自分たちの女王様のために身を粉にして花の間を駆け巡りながらやっとの思いで蜜を集めてきたのを、「はい、ご苦労さん」と、人類とクマのプーさんが横取りするシステムで作られている商品であり、その有り難みをつい忘れて、その滋味だけを甘受しているところが間違いのもとともいえるでしょうね。

まあ、昨年は、蜂蜜のおいしい味をたっぷりと味わったので、今年の前半は、虎ん蜂に身体のあちこちをチクチク刺されて目を覚ますぐらいがちょうどいいのかもしれませんが。

ただし、私は蜂蜜が非常に好物で、特にスタバの「本日のカフェ」ショートサイズ(これだけは、ショートサイズなのにトールと同じ分量ですし、ほとんどが甘ったるすぎるともいえるスタバ商品のうち、唯一、苦み走った男らしい味がする商品なのです。)に、コンディメントバーで、タダで入れられる蜂蜜とシナモン、ミルクをたっぷりと入れて、オリジナル・ブレンド・ハニィ・ミルク・カフェを飲むのがマイブームですが。

『スタバではグランデではなくて、ショートの「本日のカフェ」を買え!』という本を書きたいぐらいですが、何か。

はて、何の話でしたっけか。

あ、そうそう、そういう意味では、この、クライマックス・シリーズは、長期的に見れば、中日ドラゴンズにとって、非常に危険な罠になるという話をしたかったのでした。

今季も2位か3位でクライマックス・シリーズに出場して、万が一優勝してしまったら、もう二度とリーグ優勝を目指さない身体になってしまうかもしれませんから。

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「B型日記」の感想:草刈の

2008年 4月22日(火)22時24分28秒
東山にしこさんの「B型日記」4月21日 宣伝に騙されてやること
http://homepage3.nifty.com/TAMAGAWA/typeb2005/typeb200803.htm#
に登場した草刈正雄の、現在の後継者と目されるのは阿部ちゃんですね。

二枚目系のモデル上がりで、俳優になって成功し、ギャグもこなす、マルチキャラクターを使い分けられる阿部寛。

さて、1970年代当時、資生堂の男性化粧品のモデルでいうと、MG5からブラバス、タクティクスまでを担当した草刈正雄の前任者が、MG5の団時朗。

ハーフだった点も同じですね。

当時の若い女性に圧倒的な人気を博した草刈正雄を、資生堂CMのメインキャラクターに起用したのは、彼の付けている化粧品を自分も付けると、ひょっとしたら自分も女性にモテモテになれるのじゃないかという、錯覚に陥らせる効果を狙ったものでしょう。

草刈正雄は、当時の男性にとっては、そのファッションセンスやライフスタイルを真似するべき、「ロールモデル」の役割を果たしていたのでした。

そういう意味では、今回のドコモのCMでも、大竹しのぶが同年代の女性陣の、そして草刈正雄が同年代の男性陣の「ロールモデル」の役割を果たしていると見てよいでしょう。

つまり、同年代の同性たちにとっては、実年齢よりずっと若々しく見える二人が使っているものを、自分も使ってみたいと思わせる狙いがあるのでしょうね。

という内容の感想を書いていて、youtubeで1970年代の草刈正雄や団時朗のCMを“鑑賞”していたら、こんなサイトを見つけました。

私が主張していることに近い話が、NTTコムウェアのサイトにありました。

「ニッポンロングセラー考」というシリーズの1つで、なかなか面白い内容です。

http://www.nttcom.co.jp/comzine/no046/long_seller/index.html 

一方、広島の広池、本日の試合に投げて打たれたですか。

なんか、最近他人事に感じられなくなって、気になるなあ。

敗戦処理で打たれたとなると、降格される危険性大ですね。

その機会をベンチは狙っていたふしがある。 

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「急性腹炎」入院一喜一憂記 その5 フードファイターは「幽門」が開くそうだが私のは閉じる?

2008年 3月17日(月)11時36分

午前中の回診時に、主治医の先生から、先週の月曜日の入院時の夕方に実施した、腹部CTスキャンの映像を、専門の検査機関に出して調べてもらった結果を教えていただきました。

それによると、やはり胃の出口と十二指腸の入口をつなぐ「幽門」という器官が狭くなっていて、胃の中が内容物でいっぱいになっていたそうです。

テレビの「大食い選手権」で人気を博した、ある“フードファイター”が、選手権のクライマックスでいったん限界状況になったときに、「(自分の)幽門が開いた」という言葉を発して、さらに大食いを再開して話題になったそうですが、実際には、自分の意思で幽門の開け閉めをコントロールすることはできないそうですから、まあそれはご愛嬌ということで。

一方、私が今週の月曜日に救急車でこの病院に担ぎ込まれた時点では、元々食物をほとんど食べていなかったので、幽門がほとんど塞がった状態になって、多分胃の中の大部分は胃液だったと思われ、それで胃がむかついて、腹痛と吐き気を催したのでしょう。

なお、当面の治療法は、現在処方されている「パリエット」という、胃酸の分泌を抑える薬(錠剤)が潰瘍に非常に有効だそうなので、それと、胃の粘膜を保護する「セルベックス」というカプセル剤とを6週間ほど飲み続ける療法をやってみて、その間にまた内視鏡検査をするとのことでした。

恐る恐る、退院や一時外出の見込み、仕事への取り組みについて伺ってみました。

退院は、検査結果しだいだが、早くてあと1週間はかかるとのこと。

ただし、一時外出は、本日からでもOKということになりました。

一方、食事は、本日も三分粥で、点滴も二本のままで、お隣さんよりは慎重に治療を進めなければならないようです。

●本日のメニュー:

潰瘍食
三分粥、味噌汁(刻み麩入り)、ブロッコリーサラダ(鶏肉のささみ入り)、洋梨の缶詰、ミルク(メイトー)、番茶

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ブロッコリーサラダ(鶏肉のささみ入り)

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洋梨の缶詰

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潰瘍食
三分粥(鯛味噌チューブ付き)、味噌汁(丸のままの麩入り)、鶏肉、玉ねぎ、キャベツ、トマトの煮物、白菜とカニカマの煮物、番茶

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鶏肉、玉ねぎ、キャベツ、トマトの煮物

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白菜とカニカマの煮物

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味噌汁(丸のままの麩入り)

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潰瘍食
三分粥(海苔の佃煮チューブ付き)、鰆の煮物(さやいんげん添え)、大根とニンジンの煮物、アップルジュース(メイトー)、番茶

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鰆の煮物(さやいんげん添え)

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大根とニンジンの煮物

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アップルジュース(メイトー)

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1年前の「クイズ」の答え合わせ

>あと、このドラマに関して、東山にしこさんの感想で、もうひとつ
>非常にユニークな感想を聞いたのですが、それはなんと、我が中
>日ドラゴンズにも多少関係するものでした。これについては、また
>日を改めて述べることにします。

という「クイズ」を出したのが、約1年前の2007年2月10日でしたが、

http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_0d62.html

その答えは、「大前春子は福留孝介に似ている」というものでした。

なるほど、あの福留孝介選手の孤高を貫く姿勢、さらにいえば、よく、口を尖らせた、どこかふてぶてしい表情を見せていたのも、「ハケンの品格」の主人公を務めた大前春子、そして、その元ネタとでもいうべき、木枯し紋次郎にも通じるものがありました。

このクイズを出したまま、当の本人である私はすっかり忘れていたのですが、先日、市川崑監督が亡くなったことの影響でしょうか、私の「私的『木枯し紋次郎』考」の記事

http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/cat6793020/index.html

を検索して読んでくれる人が何人かいて、このクイズを思い出したしだい。

さて、福留孝介選手が、FA権を行使して、中日ドラゴンズを去り、大リーグのシカゴ・カブスに入団した理由については、いろいろなことが推察されていますが、私はやはり、「両雄並び立たず」に最後は行き着いたのだと思います。

両雄のもう一人は、落合博満監督。

今の中日ドラゴンズの打撃陣で、現役時代の落合選手に匹敵するポテンシャルを保持していたのは、タイロン・ウッズのような外国人選手を除けば、やはり福留選手しかいなかったといっても過言ではないでしょう。

事実、福留選手は、セ・リーグで二度も首位打者のタイトルを獲得していますし、落合監督がパ・リーグで三度の三冠王、セ・リーグでも本塁打王二回と打点王一回に輝いたことを考えると、その輝かしい実績に、将来匹敵するような可能性を秘めたドラゴンズの現役選手は、福留孝介選手しかいなかったといえます。

また、落合監督は、打撃部門三冠王の実績が示すように、打撃の超エキスパートであって、一塁手の守備は上手いと評価されてはいましたが、それは守備の負担が少ない一塁手における評価であり、肩と足に関しては必ずしも高い評価を獲得できなかったわけですが、それを補って余りある打撃の実績によって、確固たる地位を築いたのでした。

一方、福留孝介選手については、首位打者のタイトルを獲得した打撃の確実性はもちろん、本来が中距離打者とはいえ、本塁打数も、広いナゴヤドームでコンスタントに30本以上打つことができて、さらに強肩と俊足を生かした、いわゆる“走・攻・守”三拍子揃った選手であり、ある意味、現役時代の落合選手を凌ぐポテンシャルを秘めており、それだけ、お互いの野球観や野球理論に大きな隔たりがあったことは、容易に想像がつきます。

もちろん、お互いの野球観や野球理論に大きな隔たりがあったとはいえ、「優勝」という共通目標に向かって心を一つにして闘っていたのも事実ですし、福留選手がシーズン中に打撃不振に喘いでいたときに、打撃練習時に落合監督が熱心にアドバイスを送っていたのも事実でしょう。

ただ、現在の中日ドラゴンズは、時代劇に例えれば、落合親分が絶対的な貸し元として君臨する落合一家とでもいうべきファミリー集団であり、さらに、時の将軍様として白井文吾オーナーの治世が続く限り、本人が貸し元を引退すると申し出ない限り、この政権はずっと続くはずです。

そして、福留孝介が、東山にしこ氏がいみじくも喝破したように、大前春子=木枯し紋次郎に似ているのだとしたら、彼は、そういう大親分が取り仕切る「落合一家」とは袂を分かち、天涯孤独の無宿人として、次の「宿場」へと旅立つほうが、むしろ自然であると考えてよいと思います。

ただ、福留孝介選手は、妙に義理堅いというか、「一宿一飯の恩義」に厚いところもあり、それは、大リーグでの移籍先で米国人の記者に囲まれた際に、「キミの少年時代の野球のヒーローは誰だったんだい?」という質問に対して、たぶん記者連中の知っている過去の日本野球の有名選手は、ミスターNagashimaまたはOhしか知らないはずなので、てっきりその名前が出ると思っていたところ、Tatsunamiという、米国ではまったく無名の選手、そして、中日ドラゴンズの、超ドメスチックなヒーローの名前を敢えて挙げることで、米国記者連中が、“Tatsunami? Who?”と、騒然とさせたところに、彼の真骨頂が見て取れます。

3、4年前だったか、シーズンオフに「プロ野球コンベンション」というイベントが始まり、そこでは現役プロ野球選手たちが、野球をプレーしている中高生の質問に答えるコーナーが催されて、そこには、多くのPL高校出身者が出席したのですが、ある中高生の質問に対して、その出席者の中での最年長のPL出身者だった、立浪“先生”が、事前に用意していたフリップを使って野球理論を説明しようとしたところ、まずは隣に座っていた1学年下の宮本慎也選手がすぐにそのフリップを抱えたのですが、遠くに座っていた福留選手が間もなくそこに駆けつけて、そのフリップを支えたシーンを見て、私はえらく感動したことを思い出しました。

あのときの立浪選手の「おお、すまんなコースケ」というPLの大先輩としての面目躍如の満足そうな笑みと、「このフリップを持つ役目は、同じチームで後輩に当たるボクに任せてください」という福留選手の表情には、普段のチーム内ではあまり親しそうな素振りを見せない二人の間には、やはり目に見えない大きなつながりが存在していることを改めて痛感させられた出来事でした。

さて、立浪コーチ“兼任”選手ですが、今年から正式な打撃コーチの肩書も与えられたことになり、非常に張り切ってシーズンに臨んでいるように感じられます。

ひょっとしたら、近い将来には指導者としての“禅譲”が約され、それもあって今年は特に新たな役割に燃えているのかもしれません。

一方、新天地のシカゴに向かった福留選手ですが、これからいろいろな試練に立ち向かっていかなければならないでしょうが、まあ、彼のポテンシャルと驚異的な順応性を考えれば、海外に渡った日本人選手の中でも、必ずやトップクラスの成績を残してくれるに違いありません。

そして、いつの日か、立浪和義選手が中日ドラゴンズの監督に就任した際には、海を渡った旅ガラスが、「一宿一飯の恩義」を返しに再びドラゴンズに舞い戻ってくる。そんなシーンを私は夢想しているのでした。

それはまるで、1970年代に、市川崑監督が、どこか虚無的な風情を漂わせていた笹沢佐保の原作に、江戸時代中後期の生身の人間像を盛り込んだリアルで鮮やかな映像としての命を吹き込んだ「木枯し紋次郎」が、20数年の時を経て、1990年代初頭に「帰ってきた木枯し紋次郎」として再び甦ったが如く、きっと一陣の風の中からやって来るに違いありません。

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ところで「華麗なる一族」唯一の収穫は

ところで「華麗なる一族」唯一の収穫は、
万俵大介役で久々にお茶の間に登場した
北大路欣也が、あのままのメイクで
「吸血鬼ドラキュラ」
(ただし、クリストファー・リーブじゃ
あなかった、クリストファー・リー主演
版限定ですが)が撮れることがわかった
ことですね。

まあ、そんなところです。

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♪Yoh ah key noh key gee といえば

「夜明けの刑事」のエンディング・ソング、『でも、何かが違う』(作詞・作曲 マチ・ロジャース、編曲 あかのたちお)の作詞・作曲者(ということになっている)マチ・ロジャースは、かの真性ロック・グループ、バッド・カンパニーの伝説のボーカリスト、ポール・ロジャースの当時のかみさんで、クレジット上は日本人のマチ作曲となっているが、本当の作曲者はポールだったそうです。

何でも、「夜明けの刑事」の番組スタッフとポールがもめてしまったため、頭に来てクレジットを奥さんの名前にしちゃったとのこと。ちなみに奥さんは曲は書かなかったそうですので、ポールが作曲者というのは間違いないところでしょう。

なお、「夜明けの刑事」

http://www.tbs.co.jp/tbs-ch/lineup/d0169.html

は、オープニングのタイトル・ミュージックは星勝作曲のハードボイルドっぽいインストゥルーメンタル、さらに、ドラマ中の主に尾行&裏取り捜査のような地道な印象を受ける場面で挿入されるのが、“バド・カン”の渋いR&B調“Yoakeno keiji”、そしてエンディングが鈴木ヒロミツの叙情溢れるロック・バラード(ただし、第1クールは、もう1人の俳優兼業“歌手”であった、石橋正次の『夜明けの停車場』ならぬ『夜明けの街』でしたが)と、ロックテイスト溢れるサウンド・トラックで構成された番組で、ドラマの出来としても非常にすばらしかったのですが、裏というか、表に「銭形平次」という超人気時代劇が放映されていたため、視聴率的にはかなり苦戦していたそうですが、全部で111話も続いたのですから、大いに善戦したともいえるのではないでしょうか。

表番組が時代劇&捕り物帖という「王道」だったからこそ、あえて「反逆の象徴」であるロック人脈が結集して番組を盛り上げようとしたともいえますが。

そういえば、若者向けの刑事ドラマの元祖「太陽にほえろ」(1972年7月放映開始)も、テーマミュージックは元スパイダースの大野克夫の作曲、演奏はPYG(後の井上堯之バンド)というロック人脈でしたね。

井上堯之バンドは後にフリーウエイズを経て、大野克夫バンドとしてBGM制作を続けたそうで、元々、当時はほとんど無名に近かった大野克夫を起用するように進言したのは、第1シリーズのメインキャラとして、当時の若者に絶大な人気を誇っていた萩原健一(ショーケン)だったそうで、そのように画期的なロック人脈がこのドラマに起用されたのは、GSのカリスマであったショーケンの貢献度が非常に大だったことになります。

ところで、この「太陽にほえろ」のメイン・テーマですが、演奏時間はたった1分強なのに、ロックとしての音楽的要素が見事に凝縮されていいますね。

まず、いかにもロックバンド調の強烈なインパクトを残す「イントロ」で始まり、次に、テクニック的にはほとんど限界に近い単音高音部による、踏切の警報機を想起させるようなエレキギターの超絶カッティング・ソロ(実音をよーく聴くと、若き日の井上堯之氏の苦労がよくわかり、思わず微笑んでしまいますよ)が掻き鳴らされ、その後すぐに軽快なサックスソロ(あれだけ印象に残る演奏ですが、バンドのメンバーではなく、無名のスタジオミュージシャンが担当していたそうです。たしかに、ここだけはロック調というよりは、ジャズ系の匂いがしますからね。なお、当時はまだクロスオーバーとかフュージョンという音楽ジャンルは確立されていなかったと記憶していますが)に引き継がれ、「間奏」は、やはり当時のロックの「王道」だったハモンド・オルガンのソロを大野克夫が受け持ち、その後は再びサックスに主旋律がバトンタッチされた後に、もう一度エレキ・ギターの単音高音部のカッティング・ソロが展開された後、「エンディング」は叙情的な低音部エレキ・ギターのトレモロで終わるという、よくぞたった1分間強でこれだけの「ロック要素」を詰め込んだものだと感心されます。

そして、そういう「太陽にほえろ」で確立された、若者向け刑事ドラマのテーマミュージック=ロックという図式が、「夜明けの刑事」にも継承されたことになります。

当時、私は「夜明けの刑事」全編のほとんどを視聴した記憶があり、主演の坂上二郎(この人も元々は歌手志望者で、コメディアンになる前には、日曜昼にNHKで放映される超長寿番組「のど自慢」に出場したほどだった!)の「刑事コロンボ」を思わせるとぼけた風貌の中に秘めた、「スッポンの鈴木」と異名をとるほどの執念深さと人情味溢れる演技に、それまでの「お笑いの(元・コント55号としての)ジローさん」とは別の面が窺えて、結構熱心に観ていました。

そのうえ、ドラマの全編にこれら珠玉のミュージックが流れていたので、「夜明けの刑事」は非常に新鮮な印象の刑事ドラマだったという記憶がありますね。

ただし、「新・夜明けの刑事」、「明日の刑事」という形で続編が制作される頃になると、やはりマンネリ化に陥ってしまった印象は避けられず、しだいに観なくなってしまったように記憶しています。

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「ハケンの品格」最終話と、中日ドラゴンズ「ノリダア」と「ケンシン」、の行方ごった煮考

昨日の「ハケ品」は、出だしで、森ちゃんが春子をかばって自分が東海林にプロポーズされたことにして、「それが何か」という春子の決めゼリフを替わりに発したのが面白かったですね。

いよいよ、最終話にはスーパー派遣社員の主役の座を美雪に譲って、春子は木枯らしとともに去って行くという伏線なのかもしれません。

ただし、今回の派遣先に対しては、春子ははかなり後ろ髪を引かれながらのエンディングとなりそうですが。

あと、大前春子は犬の訓練士の資格も保持しているとのことでしたが、その割にはクルクルに対しておっかなびっくりで接しており、結構シリーズ最後の方では、大前春子(と、篠原涼子本人)にもいくつかの弱点、つまり、イラストやクルマの整備(と、犬の扱い)が苦手であることが露呈されてしまいましたが、それはそれで、かえって好感度をもたらす結果となりましたね。

一方、恋の行方は、春子にこっぴどく振られた東海林は、実は入社以来ずっと東海林のことを憎からず思っていた黒岩の愛にほだされ、最後は二人がくっつくのかもしれないですね。

この点については、バレンタインチョコの回で、黒岩は義理チョコを東海林に渡す振りをして、実は「本チョコ」を渡したのだが東海林はそれに全く気付かず、「本チョコを買うなら、例のチョコレート工房のを買ってね」と言われて、ちょっと複雑な表情を浮かべていましたものね。

ところで、黒岩を演じている板谷由夏は、最近実生活で結婚を披露してちょっと話題になっていますね。

この人も芸歴は案外長いそうで、かつては、「DA・YO・NE」という、EAST END×YURIというユニットがリリースしたヒップホップ系ラップミュージックが1990年代半ばに一世を風靡したことがありましたが、その「地方版」がやたらと登場して、九州版五匹目あたりのどじょうソングを歌うユニットとして、博多華丸(当時は鶴屋華丸)やおたこぷー(当時はおタコ・プー)と共に、SOUTH END×YUKAとして、シングル「SO・TA・I」もリリースしたそうです。

一方、森美雪は果たして往年の大映テレビドラマのように里中とくっつくのか、そこについては確信が持てませんが、何か。

また、最後にいろいろと舞台裏が明かされるのでしょう。

大前春子は年齢不詳とのことですが、実は東海林(年齢は2歳上ですが)、里中、黒岩、一ツ木たちとほぼ同年代であり、つまり同期であったこと。

そして、タブラオのママは、かつては赤坂あたりの高級料亭の女将かなんかで、<S&F>社の役員である大滝秀治扮する謎の老人と懇意だったということで、今回の「ハケン弁当」の企画が、トップの承認をすんなりと得られた理由が明らかにされるのではないかと思います。

まあ、上記の予想は、全て裏取りなしのたんなる推測にすぎないことをあらかじめお断りしておきますが。

***

ところで、中日ドラゴンズのオープン戦の成績は、中村ノリ以外は打撃陣に貧打が目立ち、このままの状態が続くようでは、中村ノリをすぐにでも一軍に登録したいというのが落合監督の本音でしょうね。

元々、落合監督は、プロ野球選手は技量を発揮してなんぼの存在であり、人間性については、起用のさいにはいっさい考慮しないと思っているはずで、私もプロならばそれでいいと思っています。

それは、中日ドラゴンズにしても、あの選手、この選手というように、人間性を物差しにしていたら、ねえ…。

いわば、ライバルのスパイク(バレエ界でいえばトウシューズに相当)に画鋲を入れてでもレギュラーを勝ち取るべきであるというのが、プロの世界の掟であるともいえるからです。

つまり、実力のみが評価の基準でしょう、プロ野球選手はね。

***

さて、「中スポ」と「トーチュウ」で連載されている、杉下茂氏の連載「伝える」第1部は、本日でいったん一区切りを付けるとのことですが、昨日の中里篤史投手を「鈴木孝政二世」になぞらえ、本日の「タカマサ論」に結び付けていましたが、杉下氏と川上哲治氏のライバル関係と、鈴木孝政氏と長嶋茂雄氏のライバル関係の対比を挙げていましたね。

私も、鈴木孝政が実質上の初登板を果たした1974年(その前年は、杉下氏が語ったように、対大洋ホエールズ戦の1戦だけに登板した直後に肩か肘を痛め、シーズンを棒に振ったように記憶していますが)の対讀賣戦のことはよく記憶しています。

たしか、いきなり王、長嶋のONコンビを快速球で連続三振に斬って取るという鮮烈なデビューを飾り、その名を一躍球界に轟かせ、その年の貴重な新戦力として、20年振りのリーグ優勝にも貢献したのでした(ちなみに、右のタカマサとともに、この年左の速球派中継ぎ投手として優勝に貢献したのが、現在ドラゴンズの「査定担当」として鋭い視線のメガネが印象的な竹田和史氏です)。

そのシーズンの、その後の鈴木孝政対長嶋茂雄の対戦については、実は私は全く記憶していないのですが、長嶋もその年の初めに密かに引退を決意していたそうで、これから球界を背負って立つであろう「逸材」に対して、最初の打席は敢えなく三振に斬って取られたが、何としてでも「プロの洗礼」を浴びせてやろうと人知れず研究と工夫を重ねた結果、彼が速球と変化球の投げ分けがあまり得意でないことを見抜き、速球は自分の動体視力の衰えから判断するととても打てそうにもないと割り切り、変化球だけを待っていたところにおあつらえ向きのカーブがやって来たので、「よーし」と大声を挙げて、後楽園球場のレフト中段に狙い打ちのホームランを放り込んだのでしょう。

ちなみに、杉下氏は、そのシーンについて、「先輩捕手のサインに首を振れなかったのではないかと思う」と、彼をかばっていますが、その当時の主戦捕手(控え捕手は新宅氏でしたが、“目玉“の「巨人戦」だとすると、たぶん主戦捕手が受けているはず)は、誰あろう、“ミスター我田引水”木俣達彦氏であったろうと思われます。

http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_ca1f.html

ということは、彼のリード(配球)にも問題があったことになり、そのために鈴木孝政は近藤貞雄ヘッド兼投手コーチに散々耳を引っ張られて(うーん、あの耳は思わず引っ張りたくなる形状をしているよなあ。でも、彼は千葉県立成東高校という、成東地区の有名進学校の出身で、あの耳は賢さの証明でもあったと思われますが)お説教を2回も食らったことになるわけで、ちょっと気の毒ではありますが、まあ、その後速球派から技巧派投手に転身して長寿命の投手として球界に生き残れたのだから、そういう彼の“やられキャラ”としての性格は頭脳派投球術の源泉ともなったのでしょうから、案外、「人間万事塞翁が馬」といえるのかもしれませんね。

ところで、杉下氏と川上氏のライバル関係は10年以上続いた同等の関係なので、最後に対戦した年にはお互いが衰えを感じていたはずで、杉下氏が、最後の年の川上氏との対戦の記憶が残っていないというのはもっともな話。

一方、“新米”鈴木孝政が、憧れの存在でもあった“老兵”長嶋茂雄との最後の対戦をしっかりと記憶に刻み付けているというのは別次元の話と捉えたほうがいい、と私は思いますけどね。

***

一方、「トーチュウ」第4面の「セブンアイ」では、同コラム連載陣の1人ねじめ正一氏(実は、十数年前に、彼が所属する「ファウルズ」という、長嶋茂雄が名誉監督を務める名物草野球チームと、当時私が勤めていた会社の草野球チームが練習試合で対戦したことがあり、私も人数合わせとしてセカンドあたりで出場したことがあるのですが、その試合で同僚がファーストゴロを打って、ファーストの守備についていたねじめ氏と交錯し、あわや乱闘になりかけた「事件」がありました。「詩人と聞いていたが、随分と荒っぽいプレーをするな」という、その同僚の言葉が印象に残っています)が、杉下氏の連載に触れ、その情熱と話の巧さを絶賛していました。

それを読んで気付いたのですが、杉下氏に、「ケンシンにフォークボールを伝授してやってほしい」と、昨シーズンの秋キャンプから落合監督が何回も依頼しているのは、たぶん落合監督もケンシンの“勤続疲労”に大きな不安を感じており、それをカバーするためにフォークを教えてほしいという「親心」のように感じました。

でも、結局ケンシンは、そういった落合監督の親心や杉下氏の教えを「時期尚早」と感じているのでしょう。

ケンシンにも超一流投手としてのプライドというか、意地があります。

彼からすれば、速球とカーブとカットボールのコンビネーションで打者を牛耳れるうちはそのスタイルを貫きたい。

それが、たとえ明治の大大先輩からの助言だったとしても、まずは自分の美学を貫き通したい。

たぶん、そういう男だと思いますね、ケンシンは。

そういう、一見無骨とも思われる意地を張るのも、立派な「明治魂」だと私は思います。

私は、近年のケンシンの調子を計るバロメーターは、阪神タイガースの金本選手との対戦にあると思っています。

2004年と2006年は、真っ向勝負を挑んで、重要な場面ではほとんど打ち取っていました。

それは、対戦上の通産打率・打点や被本塁打数がどうのこうのというような「数字」とは全く無縁の、真に重要な、ここぞの場面で投げ勝つかどうかのみが大切なのです。

が、2005年の後半、ケンシンは金本選手との対戦において、明らかに自信を喪失していました。

したがって、今年のケンシンの本当の調子を占うには、金本選手との対戦を待つしかないと、私は思っています。

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裏「ハケンの品格」考

2006年の暮れも押し詰まった大晦日にアルバイトをクビになった森美雪(加藤あい)は、すがる思いで派遣会社<ハケンライフ>の面接を受けた。

その結果、やっとのことで派遣先が決まり、老舗の食品会社<S&F>に面談に出掛けた。

面談の席で、美雪は経験も自信もなかったが、何とか採用されたい一心でつい見栄を張り、できもしないパソコンを得意だと言ってしまう。

一方、派遣先<S&F>社の面談相手で、美雪を採用するかどうかの意思決定者でもある営業部長の桐島(松方弘樹)は、「ところで、大前春子(篠原涼子)さんは来てくれるんだろうね?」と、<ハケンライフ>のマネージャー・一ツ木(安田顕)に尋ねた。

おどおどしている美雪に不安は残るが、春子が来てくれるならと美雪の採用が決まった。

こうして、何とか働き口が決まった美雪と春子が派遣された<S&F>社のマーケティング課は、新任の主任として配属された里中賢介(小泉孝太郎)以下、新入社員の浅野務(勝地涼)、嘱託の小笠原繁(小松政夫)で構成される小規模な部署だったが、賢介に期待を寄せている桐島部長の命により、米のデータ分析とそのプレゼンを任せられることになった。

同社の花形部門である営業部と、サポート部隊の役割を担うマーケティング課は一丸となって、来たるプレゼンの日を目指していたが、仕事の遅い美雪がセキュリティ上のルールを破って、プレゼンの前日に社内データを自宅に持ち帰り、翌朝寝坊をしたため乗ったタクシーの中にそれを忘れてきてしまう。

マーケティング課は大ピンチ。

美雪の乗ったタクシー会社を課内総出で探している中、いつものように淡々と自分の仕事をこなしている春子に賢介は助けを求めるが、恐持ての印象どおり、春子ににべもなく断られてしまう。

遂にプレゼンの当日を迎えるが、肝心要の社内データは見つかるわけもなく、途方に暮れる美雪とマーケティング課の社員たち。

ところが何の気紛れか、突然大前春子が、その後事故を起こして廃車となってしまったタクシーを廃車置場で発見し、大型クレーンを操作してスクラップ寸前のタクシーを持ち上げ、車内から美雪が置き忘れた社内データが入ったカバンを回収し、美雪のピンチを救ってくれたのだ!

一体、大前春子の気紛れ人助けは何が理由だったのか?

その後、この職場で背伸びをしながらドジばかりを踏み、先輩女性派遣社員たちからは陰湿ないじめに会い、営業部の男子正社員からは「パシリ」扱いされる美雪ではあったが、このドジでのろまな亀を人知れず助けていたのが、実は、コワーイ先輩だと思っていた大前春子だった。

また、美雪は、自分が派遣されたマーケティング課の主任、仕事はあまり出来そうにないが情に厚い里中賢介に一目惚れ。

美雪にとっては、ドジといじめが続く毎日ではあるが、亀が歩みは遅いが着実に前に進むが如く、失敗を貴重な教訓としながら、持ち前の向上心とやる気で、スーパー派遣社員への道、そして里中賢介への熱い思いを心に秘めながら、美雪は一歩一歩粛々と<ハケンライフ>を歩んで行こうと決意したのだった。

***

とまあ、1980年代後半のバブル経済絶頂期だったら、「恋するハケン社員ビンビン物語」みたいなタイトルで、ドジでのろまな亀の森美雪と、上司で「教官役」の里中賢介が主人公となった、“大映テレビ的”な恋物語のお仕事ドラマが展開されたことでしょうが、今はバブル崩壊後の「失われた10年」の傷がようやく癒され、とはいっても現実には格差社会が厳然と蔓延しつつある2007年の閉塞感を打ち破る存在として、時代は「コワーイ先輩派遣社員」の大前春子に主役を譲りました。

***

ところで、このドラマの「仕掛け人」として、私は、日テレプロデューサーの櫨山裕子氏と、脚本家の中園ミホ氏の名前を挙げましたが、

http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_0d62.html

実は、さらに裏の仕掛け人が存在するのではないかと睨んでいます。

それはズバリ、「デンパク」に代表される広告代理店でしょうね。

それも、日テレビルがある新橋というか、汐留地区にあるD社が有力候補なのではないかと思っています。

そのように推測した根拠ですが、いくつかあります。

***

その1:「企画書」至上主義

この会社では、やたらと企画書が登場します。普通、老舗の食品会社の営業部だとしたら、泥臭く地道な営業スタイルというのが主流で、取引先との人間関係をいかに構築するかというのが重要視されますが、この会社の場合、社内外へのプレゼンを行うシーンがたびたび登場し、何か非常にスマートな印象を受けるとともに、食品会社の営業部やマーケティング課というよりは、広告代理店の職場のような印象を受けますね。

また、大前春子がスーパー派遣社員であることを示すための証拠として、「素晴らしい企画書を一瞬にして仕上げる」というシーンが何回も登場しており、とにかく、「企画書をすばやく仕上げる=できる社員」という図式が出来上がっているのも、いかにも広告代理店が考えそうな発想です。

その2:マーケティング重視主義

里中賢介が新任の主任として配属されたマーケティング課は、弱小部署の落ちこぼれ集団的な設定という割には、ドラマの中では常に大活躍しています。

花形部門である営業部のサポート部署とのことですが、結局はマーケティング課の出したアイデアや企画書が通ったり、ネットでリサーチした調査資料やマーケティング課が実施したアンケート結果に、営業部は頼りきりです。

まるで、まずマーケティングデータを集めてから仕事を始めないと失敗するぞというような主張が見え隠れしていますが、こういうリサーチやアンケートの実施は、もちろん広告代理店が最も得意とするところです。

どんな仕事にもまずは(広告代理店の)マーケティングありきと、ちょっとサブリミナル効果を狙っているようですね。

その3:「仕掛け」がダイリテンっぽい

このドラマですが、まず事前リサーチをいろいろと実施していて、派遣社員の実態や、派遣を採用する側の事情もいろいろと調査した上で、それを時にはデフォルメして面白おかしく描いたり、またある時には非常にリアルに描いたりすることで、メインターゲットと想定していた、今や職場の主流派を形成しつつある非正社員系女性層の共感を得ようと企画されたように思います。

ところが、メインターゲットの女性層以外にも、男性視聴者というか、老若男女にも受けたというのが面白い点で、そこには、「木枯し紋次郎」や「プロジェクトX」的な味付けが中高年おじさんたちのハートをガッチリキャッチしたという要素もありました。

また、ドラマの放映開始前に、メインターゲットを対象にした試写会を開いたり、ホームページには「相関図」という、これまた特に女性視聴者がよろこびそうな仕掛けを盛り込んでおり、この点も、いかにもダイリテンっぽい匂いがしますね。

なお、日テレビルがある、新橋駅・汐留地区近辺では、地下街の天井を支える巨大な柱に、「ハケンの品格」番組宣伝広告がずらりと並べられ、また東京近郊の主要駅にも同様な看板広告が出されていましたが、そういった「選択と集中」戦略も、ダイリテン的なマーケティング手法の1つです。

ちなみに、汐留地区には、世界最大規模を誇る広告代理店D社の本社ビルがそびえ立っており、そのお膝元にライバルのH社が、クライアント関連の看板広告を堂々と出すというのはちょっと考えにくいので、今回の仕掛け人は、やはりD社なのではないかと思います。

その4:スポンサー=製作資金提供者集めも広告・宣伝の玄人っぽい

このドラマのスポンサーには、人材派遣会社2社が呉越同舟で名を連ねておりますが、当初のメインターゲットを女性派遣社員予備軍と考えると、例え2社で競合しても有望な人材を捉まえられるならば、CMスポンサーとしてのメリットは十分ある、とダイリテン側に説得されたのでしょう。普通は競合する業界の会社は、特番のような長尺物大型企画以外は、同じ番組のスポンサーにはならないものですが、業界で競合する2社が同じドラマのスポンサーになったというのはちょっと珍しいケースですね。

このドラマを、メインキャストたちの年齢層である30歳前後、すなわちメインターゲットにも親近感を感じてもらえる、「アフターバブルの余波をもろに受けた“失われた10年”世代」向けに、「アルバイトやフリーター、あるいはニートのような不安定な生活を脱却して、派遣社員として“地に足の着いた暮らし”を目指そう」という主張が盛り込まれたドラマと捉えれば、一種の「タイアップ広告ドラマ」としての広告効果は非常に大きなものがあることでしょう。

元々、午後十時から始まる「水十ドラマ」は、今やゴールデンタイム的な扱いを受けつつある午後九時始まりのドラマに比べて、製作資金的には苦しいものがあると思われますが、今回は、メインスポンサーの顔触れを見ると業績好調な企業(ただし、諸々の規制で9時台のドラマには出広できない企業もあるようですが)が多く、製作資金を比較的潤沢に得られたのではないでしょうか。

また、ドラマの舞台となった老舗の食品会社<S&F>ですが、このネーミングで想起される会社名は、“カレーの王様”たる1社しか思い当たらず、ある意味宣伝効果は抜群なわけで、実はD社の有力クライアントの1つで裏スポンサーとして出資しているのではないかとさえ勘ぐってしまいます。

その結果、スポンサーサイドからの潤沢な資金が得られ、メインターゲット対象の事前試写会や、駅周辺の看板広告などの積極的な広告・宣伝戦略を採用することができたと思われ、そういった、ダイリテン的発想によるマーケティング戦略が、高視聴率という勝利をもたらしたともいえるでしょうね。

***

まあ、何事にも「裏」はありますが、なかなか凝ってますね。

明日の第9話もそういう視点でちょっと観ると、また違った側面が発見できるかもしれませんよ。

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RPG的「ハケンの品格」考

第6話は、「春ちゃん大失敗の巻」というのが裏テーマでしたね。

彼女も「私としたことが」を連発していたし。

それは、先週放映分のラストで、“老兵”小笠原の無自覚な失態が招いた故障で停止してしまったエレベータ内での救出劇の後、そのエレベータに独り取り残されるという、らしくない失態を演じた彼女を救ったのが、「ハケン」の扱いをめぐり何かと対立していた東海林「天パ主任」であったことに端を発しており、その心の動揺を引きずったまま彼女は今週に突入したため、今回は「天パ主任」と珍しくやけに感情的なやり取りをしたことが、大きな失敗をしてしまった原因でした。

ところで、今週の春ちゃんの「敵」は、二大女性ボスキャラでしたね。

1人(?)は、グレたひねくれオバサマ派遣軍団。

もう1人は、職人の王様たる、チョコレート工房の女性社長。

どちらも、特A派遣としての大前春子の「特技」が全く通用しない相手だった訳ですが、まず、オバサマ派遣軍団に対しては、日頃から虐げられている派遣社員の代表として大前春子自らが、傲慢な態度で接してくる正社員に真っ向から正論勝負を挑んだ結果、見事彼を論破したことにより、「派遣35歳限界説」の煽りで世を恨んでグレていた彼女たちオバサマ派遣軍団の不満を代弁するととともに、彼女たち自身の「更生」のきっかけ作りも果たしたということで、大前春子が、東海林とのトークバトルがイベント会場用マイクの切り忘れという彼女の失態により会場に流れ、その結果図らずも初めて多くの聴衆の前で披露した大前春子の仕事に対する真摯な態度が、彼女たちのハートに響いたようです。

一方、大前春子を「バイト」扱いしかしなかったチョコレート工房の女性社長(「やっぱり猫が好き!」の長女役で一世を風靡した、もたいまさこが、実年齢を遥かに超えた神経質そうな老け役に挑戦していましたが)の例を挙げるまでもなく、手に職を持っている職人たちは、所詮派遣社員は「バイト」と同様に正社員の補佐的業務しかできないという評価を下しており、基本的には非常に低く見ていることを示したことになります。

まあ、実際のところ正社員よりバイトで“持っている”職場も結構散見されますが、それは置いといて。

大前春子の、そのような職人たちから受けた低評価に対する「リベンジ」の一策は、結局は自分の「裏ワザ」である助産師の技能でしか自身の失態をカバーできなかったわけで、今回は、ストーリー全体として、大前春子がひたすら失態と失敗を重ねる回であったことになります。

ただ、大前春子が助産師としての技能とともに、彼女が秘めていた「母性」を武器にした時、東海林をはじめとする男性陣はひたすら彼女の指示に従ってオロオロするしかなく、それと同時に、母親の経験もあるチョコレート工房の女性社長にしても、娘の急な陣痛に対しては全く無力であったわけで、そこの「立場の逆転」が描かれたのがドラマとしては面白かったですね。

さて次回は、営業部長桐山との剣道対決になりそうで、またもや「本業」とは違う形での対決となりそうです。

元々、このドラマは、通常では正社員の補佐的な仕事しかさせてもらえず、それに応じた収入、評価しか与えられていない多くの派遣社員たちの「怨念」や「諦観」を、大前春子が超絶能力としての「裏ワザ」を駆使して正社員側と対抗しながら晴らすという描き方がされており、そこが、あくまでエンターテインメント・ドラマと考えるしかない限界かもしれません。

つまり、毎回毎回クライマックス場面には、大前春子にとって「非常に都合のよいハプニング」が発生し、皆が混乱の極みに達したその瞬間、大前春子が保持する「二十数個の資格・免許」の1つが披露され、晴れて事態が収拾に向かう、という毎度お決まりのストーリー展開を見せています。

この辺りの急展開の妙は、いつもの、上州無宿の渡世人紋次郎を描いた、リアルでニヒルな、1970年代「アメリカン・ニューシネマ」的時代劇というよりは、ドラマ中のクライマックス場面で、大前春子が助産師の免許証をさっと取り出し、「助産師の大前春子です」と、大向こうに見得を切った姿は、彼の国民的ワンパターン勧善懲悪マウンティング時代劇「水戸黄門」の見せ場で、助さんだか格さんだかのおつきの者が、「この葵の紋所が目に入らぬかあ!」と、徳川大幕府の紋章が刻まれた印籠を振りかざすお馴染みのシーンを想起させる趣がありましたね。

さて、来週は、果たして派遣は(好きな男のために)「企画業務」(=本来は、正社員がやるべきと思われている仕事)に携わるべきか、というテーマを扱うという予告もあり、またもや別の論議を呼ぶことでしょう。

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私的「ハケンの品格」考:その2

2月7日(水)に放映された第5話のストーリーは、ある意味予想通りの展開となりましたが、その表現方法が巧いと思いました。

もちろん、多少あざといやり方ではあるなという感想も持ちましたが、エンターテインメント=マンガ的手法のドラマであるという割り切り方をすれば、非常におもしろかったですね。

一方、その点を、あくまでリアルでシビアなドラマであるべきであるという観点から評価すると、少々アラが目立つのかもしれません。

以前、このブログの元リンクサイト「竜之巣」の大家さんに当たる東山にしこさんが、自身のホームページ「玉川オンライン」の「下書き日記:145 プロ野球がオフだからドラマを」で、こんな意見を表明しています。

http://mav.nifty.com/ahp/textview.cgi?run_iguchi+27463+145

要約すると、

1.ドラマの構造がおかしい。

2.このドラマ、わかってやっているのかどうかわからんが、ひどく男尊女卑だ。

(加えて、女が連れ立って昼飯を食い行くことのどこが悪いんじゃあ、という主張も)

という2つの感想が述べられています。

この「ハケンの品格」というドラマについては、手放しで高い評価をしている人たちが多い中、かなりユニークな視点で述べられており、この点については、私も同じような感想を持った部分もあります。

つまり、特に2.の要素ですが、私は「男尊女卑」の視点でこのドラマが作られているとは必ずしも思いませんが(その理由については、この記事の後半で述べますが)、通常は男性がやっている仕事を、敢えて女性の派遣社員がやってみせることにより、このドラマの劇的効果性を高めていく手法を用いているとは思っています。

それは、第1話の「大型クレーンを操作する大型特殊免許」であり、第3話の「マグロの解体技能と口上書き」、第4話の「海外商社とのシビアな商談交渉」、そして第5話の「エレベーター故障時のレスキュー作業」に代表される特殊技能など、通常は「男のやるべき仕事」であると捉えられている業務を、正社員の補佐的業務を担当すればよいとされがちな女性派遣社員である大前春子が、「こんな仕事は、女の私でも朝飯前!」と、ある意味男性正社員たちの鼻を明かす勢いでやってみせるところに、多くの視聴者に驚きとカタルシスを与えている面があり、この部分をどう考えるかで、このドラマに対する評価が大きく異なってくるのだと思います。

そして、次回の第6話では、なぜか「助産師の技能」を発揮するという予告もされたので、「たんに男顔負けの技能保持者」だけではないことをアピールしていくようです。

さて、このドラマで、加藤あい扮する「ハケンライフ」の後輩社員については、実は大前春子の若い頃にそっくりだと、第2話でフラメンコ・パブ(タブラオ)「カンタンテ」のママである天谷眉子(往年の、東宝特撮ドラマの可憐なヒロインであり、日活黄金期を支えた俳優の1人である二谷英明の妻であり、元・郷ひろみの妻であった二谷友里恵の母でもある、白川由美)が、春子にそう指摘したところ、春子本人は非常に嫌そうな表情を見せるも図星だったというエピソードもあり、きっとこの連続ドラマの終盤では、加藤あい扮する森深雪は、しだいに自信、自立心、技能を身に付けて、大前春子のようなスーパー派遣社員の道を歩もうと決意するところで終わるのかもしれません。

一方、このドラマの“仕掛け人”ともいえる、日本テレビ社員の女性プロデューサー櫨山氏と、フリー脚本家の中園ミホ氏は、2人共よく似たタイプの仕事大好き人間のようで、実力ひとつでこの業界を渡ってきた、一匹狼的気質の職人さんたちという印象を持ちました。

実は、大前春子扮するスーパー派遣社員の本当のライバルは、大泉洋扮するエリート男性正社員の東海林でもなく、ましてや、嫉妬深そうな他の会社から派遣されている古参の女性派遣社員たちでもなく、東海林や里中たちと同期入社でありながら平社員に甘んじている女性総合職社員である、板谷由夏扮する黒岩なのではないかと睨んでいます。

つまり、東海林を初めとする男性社員には、大前春子自身が保持している男顔負けの超絶能力を毎回毎回発揮すればたちまちのうちに降参してしまうから、本来の敵とは見なしていないはずです。

また、他の女性派遣社員たちに対しては、昼休みに連れだって高級レストランに行って結果的にエンゲル係数を高めたり、終業後はもっぱら合コンという結婚相手捜しにうつつを抜かしていると決め付け、「雑魚」呼ばわりしていて一線を画しているので端から相手にしていません。

まあ、この点が「男尊女卑である」と、東山にしこさんから断罪された点でもあると思われますが。

そして、東海林たちと同期入社の女性総合職社員である黒岩は、かつては大前春子が女性銀行員としてのキャリアを積もうとしていたルートでもあったのかもしれません。

彼女(黒岩)は、派遣社員の名前を呼ばずに、ただたんに「ハケンさん」と呼んでいて、自分たちとの違いを露骨に強調している訳ですが、そういう「ハケンさん」たちの中に、自分たち女性総合職正社員の存在すらをも脅かそうとする能力を持った大前春子が出現したことに最も危機感を感じているのは、実は彼女のような気がします。

一方、昼休みに多くの女性社員同士がつるんでランチに行くことについての批判的な描き方は、これは女性脚本家と女性プロデューサーが日頃からウザイと思っている、典型的な女性社員たちの行動特性と捉えているのではないかと思います。

そして、大前春子のライバル役の黒岩が、実は「独りでランチに行けない症候群」であったことを、彼女がドジでのろまなカメであると見下していた、加藤あい扮する森深雪ごときに見抜かれたことに、酷くプライドを傷つけられているようです。

彼女(黒岩)は、毎日自腹を切ってまで後輩の(女性社員ではなくて)男性社員たちにランチをおごりながら、男性社員のボスが派閥作りのマウンティング行為をするために「パワーランチ」に部下を引き連れて行くのを真似て、自分の存在感をアピールしているようですが、そういう、女性総合職正社員が男の真似をする“背伸びした”キャリアウーマン気取りの行為も、作り手である女性脚本家と女性プロデューサーは、自分たちの職場における状況と照らしてウザイと思っているようです。

つまり、彼女たちは、あくまでこの業界の「職人」であるという意識で働いており、ある意味、大前春子(スーパー派遣社員)と同じような自負を持って、とかく男性中心になりがちなこの業界でサバイバルしているわけで、派遣にしろ一般職にしろ総合職にしろ、自分たち「職人(≒スーパー派遣社員)系」以外の女性社員たちに対する見方にはかなり厳しいものがあります。

また、彼女たちが、ある種の女性たちに対して手厳しいのは、ある意味自分たちとの対極に位置する連中が鼻持ちならないと感じているところに起因しているのだと思います。

つまり、敢えて言えば「志の低い女性陣」について大いなるもどかしさを感じており、その“リトマス試験紙”が、加藤あい扮する森美雪なんだと思います。

すなわちこのドラマにおいては、彼女(森深雪)は、そういった「志の低い女性陣」の誘惑にいったんは負けて転びそうになるも、結局は篠原涼子扮する大前春子のような、そしてあえて言えば“木枯し”吹きすさぶ裏街道をすっくとした姿勢で駆け抜けた“紋次郎”の如き「凛とした生き方」を見習って改心していくというパターンが、毎回毎回繰り返されていますが、それは、「心ある女性陣よ、この厳しい時代であるからこそ、目先の利益に囚われることなく、凛とした生き方を目指して自分の信じる道を歩みなさい」というメッセージが込められているように、私には思えます。

まあ、こういう、ランチに連れ立って出掛け、就業後には合コンに明け暮れる「志の低い女性陣=女性社会内における“勝ち犬”を目指すことにしか眼中にない連中」という描き方に嫌悪感を覚える、東山にしこさんのような人たちも存在するのでしょうが、たぶん、このドラマを見ている女性視聴者の多くは、かつて『負け犬の遠吠え』辺りの主張にかなり動揺を隠せなかったものと思われ、結構「痛い所を突かれたな」と、心の奥底で感じているのではないでしょうか。

あと、このドラマに関して、東山にしこさんの感想で、もうひとつ非常にユニークな感想を聞いたのですが、それはなんと、我が中日ドラゴンズにも多少関係するものでした。

これについては、また日を改めて述べることにします。

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私的「ハケンの品格」考:その1

さて、「ハケ品」ですが、いろいろと「木枯し紋次郎」との共通点を指摘する記事が(週刊誌を含めて)増えてきましたね。

別に、私が最初に言い出した訳ではないのですが、私の場合、第2回放映分の途中から見て、その回のエンディングまでの情報だけであの記事を書いてしまったのがちょっと偉いんじゃないかな、と自画自賛というか、「わ褒め」をさせていただきます。

(私の両親の田舎は鳥取県のある地方なのですが、そこに「わ褒め」というのがあるそうです。「わ」とは自分自身を意味する言葉で、ちょっと自画自賛みたいな意味のようですが、実はニュアンスが若干異なり、「普段謙虚にしているので、たまには自分を褒めさせてね」というものだそうです。)

さて、「ハケンの品格」の元々のメイン・ターゲットは、女性の派遣社員や契約社員、あるいは、正社員とはいえ男性社員の補佐的業務しか担当させてもらえず、いろいろな苦労や不満を感じている女性視聴者たちであったと思われました(それは、「第1回放映分の試写会参加者」を映したシーンに色濃く出ていますが)が、実は同様な“閉塞感”を痛感していた多くの男性視聴者にも大いに受けたという点に面白さがありますね。

まあ、このドラマ、男の視点で見た場合でも、今まで職場で威張り散らしていた男のエリート正社員連中が、有能な派遣社員にこっぴどく「指導」され、職場のみんなが彼女に翻弄されたり平伏す姿にカタルシスを感じられるというのが特に受けているように思います。

つまり、極端な話、主人公は女である必要もなかったわけで、1970年代には、木枯し紋次郎という、漂泊の無宿人たる男優が演じた役を、今日の現代劇で男がその役を演じられる余地は既に何処にもなく、今や「一点突破型のANEGO女優」となった、篠原涼子がその役割を果たしてくれていることに、世の老若男女が喝采を送っているのだと思います。

それだけ、現代は「格差社会」の色彩が強まってきているともいえます。

このドラマでも、実は多数の“虐げられている人たち”が描かれています。

http://www.ntv.co.jp/haken/chart/index.html

それは、あの会社に働く男女の派遣社員たちだけではなくて、

例えば、松方弘樹扮する桐島部長と同期入社(年齢は2歳上ですが)であり、かつては敏腕営業「マン」として名を馳せていたのに、何らかの事情でレールからはずされ、今や嘱託社員としての“余生”を送らざるを得なくなった、小松政夫扮する小笠原だったり(たぶん、次回でそのあたりの「事情」が明かされるかも知れません)、

また、東海林と同期入社(年齢は東海林より2歳下ですが)なのに、左遷人事に甘んじるしかない、小泉孝太郎(ある意味、現在彼が業界におけるリストラ予備軍に属しているという点であまりにリアルな役柄でもある)扮する里中だったり、

同じく東海林、里中と同期入社(年齢は東海林より2歳下ですが)で、総合職として採用されたのに、女性というのが理由なのか役付きの2人とは異なり平社員に甘んじている、板谷由夏扮する黒岩だったり、

さらに、この3人と同世代で、あの会社より遥かに安い給料で派遣会社のマネジャーをやって、同社に平身低頭して仕事をせざる得ない立場の安田顕(ドラマ中で東海林と同年代であるという設定であるとともに、実生活でも、大泉洋と北海道の大学時代の同窓であり同じ劇団仲間でもあった)扮する一ツ木だったり、

(と思ったら、以前は掲載されていた「年収」が、「相関図」から削除されています。まあ、スポンサーがらみなどの事情がいろいろとありそうですが、その「跡地」がWIKIPEDIAに残されていますね)

さらに、同社のエリート社員たる大泉洋扮する東海林自身ですら、得意先百貨店の店長である、渡辺いっけい扮する緑川には頭が上がらず、そしてさらにその緑川自身でさえも、自分が責任を持つ百貨店の売上に一喜一憂して、上役たる役員連中のシビアな目にいつもびくついている、という、果てしなき“負のスパイラル構造”が、このドラマの中に展開されているのでした。

つまり、このドラマに登場する人たちの多くは、実は視聴者の立場を代弁する“弱者”たちであり、その「声なき声」に呼応するかのように、あの篠原涼子扮する大前春子が、そのような現代社会の閉塞的な状況を、一瞬ではあるが打開してくれる姿に、多くの人たちが共感しているのだと思います。

ただし、その“怒りの一閃”はもちろん非常に鋭いものではありますが、それですら、1970年代前半、すなわち大阪万博に象徴される高度成長時代が終焉を迎え、気だるい倦怠感と閉塞感が漂い始めた、オイルショック勃発前後の時代に紋次郎が放った“無宿人の一分”たる長ドスの一撃と同じく、今の時代が孕む「妙に危うく淀んでいる空気」を本質的に突破することは、もはや叶わないのかも知れません。

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プロ野球春あけましておめでとう

プロ野球春あけましておめでとうございます。

日本プロ野球界にとって、キャンプ解禁日の2月1日こそお正月といわれるので、いよいよ本日からが事実上のプロ野球シーズン・インとなります。

これまでは、テレビドラマやムー大陸などでお茶を濁す日々を送っておりましたが、これからはそういう話題も徐々に減り、このブログも中日ドラゴンズの話題一色となると思われますので、あちら方面の話題がお好きな方は次のシーズン・オフまでお待ちください。

というわりには、昨年同時期の自身の「バックナンバー」を見るとあちこちに興味が移っているようなので、まあ、適当に私の夢想や妄想にお付き合いください。

***

さて、昨晩の“水十ドラマ”「ハケンの品格」、略して「ハケ品」ですが、いよいよ佳境に差し掛かってきましたね。

私の周り、ネットとリアルな世界の両方で、最近テレビドラマをチェックしている人たちの間で事前期待以上の評価を得ているのがこのドラマです。

たとえば、日曜日の夜9時「華麗なる一族」などは、超豪華なオープンセットを上海につくり、大阪万博の開催準備に追われる1970年直前の神戸を再現したりして、製作予算の0の桁数が「ハケ品」とは1つ以上多いと思われますが、そういう大作に比べて、本ドラマは、製作者の「目の付け所」と、一癖も二癖もありそうな役者陣の「芸達者振り」の両輪のみで視聴者の心を掴んだところに意義がありそうです。

結局、第4話のメインテーマは、かつて一世を風靡した「新世紀エヴァンゲリオン」というアニメーションの主人公である碇シンジが、満14歳にして掴んだ、「逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ」というものであって、あとの要素やエピソードはそれをいかに面白く見せるかの味付けに過ぎなかったのではないかとさえ思っています。

逆にいうと、このドラマの作り手たち(女性プロデューサーと脚本家の中園ミホ氏と、演出担当の監督クルーたち)は、メインのテーマさえしっかり作れば、他の瑣末なトコロについては、どー批判されてもいいや、ぐらいの気持ちで作っていると思いますね。

***

ご参考までに、以下の紹介を。

公式ホームページには「相関図」まで用意されており、まずはこれが、このドラマにおける人間関係のもつれを紐解くための基本図式ですね。

http://www.ntv.co.jp/haken/chart/index.html


以下は動画配信ですが、完成披露試写会の模様です。

櫨山プロデューサーの挨拶や脚本家の中園ミホ氏が登場。

これでこの番組の製作意図がかなりわかります。

出だしがスポンサーのCMで、それを我慢?してからお楽しみください。

http://ssl.dai2ntv.jp/cse/Shop?EcLogicName=freeitem.play&itemId=NtvI00013606

***

というのは、先ほど述べたTBS日曜午後9時始まりの「カレーイチ」との製作予算比較だけでなく、たぶん“水十ドラマ”というのは、今やゴールデンタイム的な扱いを受ける午後9時始まりの他の曜日の連続ドラマなどよりかなり予算が厳しいはずなので、全てに目が行き届くドラマづくりをするのは難しいのだと思います。

そんな状況にもかかわらず、多くの視聴者が関心を寄せ、話題づくりにも成功し、また大多数の視聴者の心を掴んだ点を、私は評価したいですね。

ドラマの進行上、また、視聴者からの期待もあり、このドラマの主人公である大前春子が伝家の宝刀である超絶能力を発揮するのは必然でありますが(いわば、米製テレビ版「超人ハルク」でデイビッド・バナー博士が本人の意思とは裏腹に毎回ハルクに変身しないとドラマが成立しないのと同様に)、http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_c945.html

実は、主人公自身は超絶能力をなるべく発揮することなく淡々と仕事をこなして、午後6時になればさっさと退社したいと毎日思っているのです。

それを、正社員たちがあまりにだらしなく、そして、自分の信条である「午後6時になれば即行で定時退社する」というモットーを貫くために、今回も、伝家の宝刀である「ロシア語の語学力に加えて、強気一辺倒で押しまくってきたロシア人おばさんをも圧倒する交渉テクニック」という自身の超絶能力を発揮したわけです。

この点は、今回のドラマの冒頭で、S&F社の正社員と派遣社員が職場でデキてしまった挙句に結婚式を挙げて、同社の社員たちも、平日にもかかわらずその結婚披露宴にこぞって出席せざるを得ないという、ドラマ的にもストーリー上でも非常に馬鹿げた設定の場面で、新婦が派遣社員であったことを披露宴の席で初めて知らされて新婦側を罵倒する新郎の親戚連中や、それに不快感を示して別の理由で反論する新婦側の親戚連中、さらには出席したS&F社の社員たちの「派遣社員という存在に対するそれぞれの見解」を巡り、喧々囂々の愁嘆場が展開されて会場が騒然とする中、突然スーパー派遣社員たる大前春子が登場し、その場を収める「何か」をしてくれるのではないかという視聴者の期待を見事に裏切り、ただたんに「6時に定時退社したいので、上司に決済印をもらいに会場に現れただけ」であったことに、彼女の生活信条を示す目的がこのシーンに込められていたわけです。

したがって、もちろん彼女としては、優秀な正社員といわれる東海林が、今回のロシア企業との商談を単独でうまくまとめることができたなら、大前春子はたんに議事録作成を担当する秘書の役目しか果たさなかった、という前提が語られているわけです。

そして、今日ではそのような信条で生きている主人公ではあるが、このように“達人”として振る舞えるようになるまでには、実はさまざまな“下積み”を経ており、かつては大いに迷いもしたしドジも踏んだしと、加藤あい扮する“のろまな亀”に、その姿を借りてその事実を示しているわけです。

そういう意味では、加藤あい扮する森美雪は主人公の分身であり、その「青春グラフィティ」の役目も果たしているわけです。

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さて、ここで恒例の「木枯し紋次郎」との接点ですが、言ってみれば「伝家の長ドスは最後に抜く」でしょうかね。

ドラマの冒頭で、たいてい紋次郎は悪党にからまれ、助けを求める弱者を冷たく突き放す一方で、自らに悪党が絡んできたときにはさらりと身を翻して肩透かしを食らわせたり、その辺に落ちている棒切れを拾って悪党をしたたかに叩きのめしたりと、見目鮮やかに撃退してしまいます。

まるで、ドラマの冒頭で長ドスなどを振りかざすのは野暮の骨頂であると言わんばかりに。

それが、ドラマの後半部分クライマックスとなる修羅場ともなると、自身も地べたを這いずり回り、重い長ドスをただただ振り回し、汗まみれ泥だらけになりながら、リアリズムに徹した殺陣回りを演じ、多勢に無勢の絶対的に不利な状況を、毎回かろうじて切り抜けるのでした。

その、紋次郎が絶対的に不利な状況を乗り切る秘密が何となくわかった時があったのですが、それはまた回を改めて述べることにします。

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へえ、お前さん、随分と器用じゃないか? まるで女みたいだよ。

「へえ、お前さん、随分と器用じゃないか? まるで女みたいだよ。」

これは、「木枯らし紋次郎」で毎回登場する悪女役のゲスト女優達のうちの何人かが、主人公の紋次郎に向けて放ったお決まりの台詞です。

十歳の時に故郷を捨て、その後一家は離散し、天涯孤独となった紋次郎は、終わりなき旅生活の全てを常に独りで賄わなければならず、たとえば道中合羽が長旅でいささか擦り切れてきたら、それを繕うのは自分自身しかいない訳で、紋次郎が持ち歩く振り分け荷物(現代でいえばバックパックの役割をする万能の荷物入れ)の中には裁縫道具まで常備してあり、それを用いて繕い物をする紋次郎に対して、普段は自分の妖艶さを武器にして男達を手玉に取っている悪女たちが、自分の色香に全く無関心な紋次郎に対してある種の苛立ちを覚え、上記のように、「まるで女みたいだよ!」と、紋次郎をからかう捨て台詞を吐くのですが、彼はそんな、彼女達自身の「女」を貶める逆説的な侮蔑の言葉にさえも全く反応を示さず、淡々と我が道を歩こうとします。

いわば紋次郎は、敢えて、異性としての「男」を捨てた生き方をしているのです。

実は、「木枯らし紋次郎」のテレビシリーズは、主人公の中村敦夫以外は毎回キャストが変わり、特にゲストとして登場する女優陣には毎回当時の新進女優が起用されており、回が進むにつれてしだいに、「木枯らし紋次郎に客演できる女優こそ、妖艶な魅力を持った女優であることの証明である」というような評判が立ち、シリーズ後半になると女優陣とそのマネジメントサイドからの出演オファーが引きも切らなかったそうで、それほど「木枯らし紋次郎」シリーズの主人公には、異性としての「男」の魅力が備わっていたのですが、その一方でドラマの中で描かれる紋次郎は、異性としての女性に対する関心を全く示しません。

女性への関心についての唯一の例外は、幼い時に自分が間引きされそうになったのを救ってくれた、今は亡き実の姉に面影が似た女性か、あるいは、自分が旅の途中で瀕死の病に苦しむ時に助けてくれた後に何処かへ去った「みゆき」と名乗った宿場女郎だけだったと記憶していますが、そこにも異性としての女性へ関心はありませんでした。

さて、「ハケンの品格」の主人公も、現時点では、少なくとも職場においては、彼女自身が異性としての「女」を捨てているように感じましたね。

そして、伝家の宝刀ともいえる、「スーパー派遣社員」としての超絶能力は、中には「誰もが旨いと感じるお茶を出す」というスーパーOL的な特技もありますが、それよりはむしろ、「男勝りの技量」を示すことによって、初めて周囲に自分の存在価値を認めさせるために発揮されるものということになります。

それは、第1話で後輩の派遣社員と職場の危機を救った、廃車置場でスクラップ寸前となるクルマを大型クレーンで持ち上げた「大型特殊免許」所持者にしか許されない技術であったり、第3話の「まぐろの解体ショー」を長ドス仕様の特殊な解体用包丁で裁きながら、大道芸人よろしく口上書きまで述べるといった、職人はだしの技量であったりしますが、まさに普段は「男の仕事」と思われることを、女性の派遣社員がやってのけるところに、視聴者、特に多くの女性視聴者のカタルシスを得ようとしているように思われました。

そして、他の女性派遣社員達が結婚相手の物色を前提にした合コンに励む姿を冷ややかな視線で見ている点や、今回のクライマックスとも言える、ライバル役の男性エリート社員からの突然の「感謝のキス」に対しても、次回の予告編から予想されるように、全く動揺したそぶりも見