カテゴリー「経済・政治・国際」の記事

2009年10月 1日 (木)

やはり中部日本ドラゴンズは

2009年10月 1日(木)11時03分43秒   

中部経済圏を基盤とした球団であって、全国区の球団では決してないわけで、たとえ、中日唯一といっていいほど、全国区の人気を誇る立浪選手の引退セレモニーといえども、関東地方に基盤を置く、東京放送(略称、TBS:Tokyo Broadcasting System)にとっては、必ずしもおいしいコンテンツとはいえないので、試合終了後のイベントを中継するために、わざわざ放映権の延長料金を中日球団に払いたくない、というより、スポンサーの都合でさっさと次の番組に移れということでしょう。

正直なところ、立浪の引退セレモニーまで中継を続ける義理はないので、落合監督の地元最終戦のスピーチが終了した時点で、首都圏を主な商圏としているTBSが経営するCS放送局「JNNニュースバード」は、さっさとテレビ(CS)中継を打ち切ったのでしょう。

幸いにも私は、「JNNニュースバード」の中継映像に加えて、「東海ラジオガッツナイター」の音声で試合を聴いていたので、ニュースバードが試合後のセレモニー映像の中継を途中で打ち切るというテロップが流れてきたのを見て、そこからは東海ラジオの音声中継放送だけを頼りに、シーンを心の“眼”で想像しながら、立浪選手の引退セレモニーを最後まで聴き届けることができました。

(高性能ラジオとクレードルの組み合わせによる、往時をしのばせる“ラジカセ”スタイルの受信機
http://www.sanyo-audio.com/icr/rs110/index_rs110mf.html
にAMループアンテナを設置したところ、かなり良好な状態で東海地方の放送局が聴こえます。ただし、電波状態が安定するのは夕方からですが)

聞くところによると、TBSラジオも中継を途中で打ち切ったそうで、やはり関東の放送局や、TBS資本のCS放送は、中部地方の球団には冷たいですね。

まあ、所詮、東京中心主義の世の中において、中日球団は地方の煙ったい球団にすぎないということでしょうね。

なにせ中日ドラゴンズは、球界の元・盟主、読賣巨人軍(笑)グループが主導して盛り上げようとした「WBC」戦略に反旗を翻した、KY球団でもありますしね。

それでも、CS放送の「プロ野球ニュース」では、立浪の引退セレモニーを、ダイジェストとはいえ、かなりの部分を映像で見せてくれて、それ自体は大変ありがたかったのですが、今年から、「プロ野球ニュース」は、旧・フジテレビ721(「1」なのか「2」なのか、いまだによくわからない)で放映しているため、旧・フジテレビ739しか見れない「スカパープロ野球セット」契約者は、その番組が視聴できないという、これまた意地の悪い戦略を始めています。

これは、今年から、スカパーの「JSPORTS」系列で始まった「野球好きニュース」と、「プロ野球ニュース」で伝えられる情報が、もろにバッティングすることと無縁ではないと思います。

いずれにせよ、このところは、プロ野球というコンテンツを巡って、放送業界が、お互いシビアにしのぎを削りつつ、かなりギクシャクした関係に陥っていることの現れでしょうね。

まあ、中日ドラゴンズを応援したかったら、地元メディアをチェックせよ、というのが、このところの世界的な大不況にさらされている、日本経済の中でサバイバルしていく知恵なのかもしれません。

さて、落合監督の、地元開催最終戦でのスピーチも、もちろん後半の日本シリーズでの優勝希望宣言は面白かったですが、それの前振りであった、「当初私が思っていた、世界的な不況のあおりを受けて……自分の中の許容範囲を超えるというか、約230万人の方々が我々の野球の一投足を見つめてきてくださいました。」という下りが非常に興味深かったです。

実際、観客動員数は対前年で約13万人減少したとのことですので、ここに込められた意味合いにはかなり深いものがありそうです。

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http://www.sanspo.com/baseball/news/090930/bsc0909302232003-n1.htm
今季のレギュラーシーズン主催試合を終えた中日は、地方開催5試合を含む計72試合の観客動員が、昨年より12万9400人減の229万8405人となったと発表した。(ナゴヤドーム)
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大雑把に計算すると、シーズンシートの高額チケット契約者の減少や、多くの入場者が球場に来て食事や各種グッズを買い求めることで得られるはずだった収入の減少などを考えれば、客単価@1万円×13万人=13億円程度の大幅な減収となってしまったことになり、確かにこれでは、タイロン・ウッズや川上憲伸、昨シーズンに退団した福留孝介などの高額年俸者を置いておけるほど球団経営に余裕がなくなってしまったということなのでしょう。

要するに、これだけ苦しい台所事情の中で、なんとかやりくりして、巨大資本を背景に業界を牛耳ろうとしている讀賣市場経済主義に立ち向かったんだよ、と言いたかったんでしょう。

確かに、反骨精神旺盛な落合監督らしい発言でしたね。 

http://dragons.jp/news/2009/09093001.html

今季ナゴヤドーム最終戦 落合監督・立浪選手あいさつ

2009/9/30

落合監督

09093001_1

本日を持ちまして球団主催、今シーズンの72試合の終わりのゲームを迎えました。

当初私が思っていた、世界的な不況のあおりを受けて自分の中の許容範囲を超えるというか、約230万人の方々が我々の野球の一投足を見つめてきてくださいました。

この場を借りて厚く感謝申し上げます。ありがとうございました。

我々が求めていたペナントレース優勝、そしてクライマックスを勝ち上がり日本シリーズという第一ハードルは越えることができませんでしたけれども、2009年度の野球はまだまだ続きます。

2009年度の挨拶は11月3日、このナゴヤドームで日本シリーズの第3戦を迎え、我々の戦う元気な姿を皆さんにお見せしたいと思います。

最後の挨拶は、一つ残されている日本シリーズのチャンピオンフラッグを我々の手で勝ち取り、そのときに皆さま方に最後の挨拶をしたいと思います。本日はありがとうございました。

立浪選手

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縁があって中日ドラゴンズという素晴らしい球団に入団することができ22年が経ちました。

たくさんの方々に支えていただき、たくさんのファンのみなさんに応援してもらいここまでやってくることができました。

プロ野球の世界に入る前は、今日自分の最後のユニホーム姿を見に来てくださった清原さん、桑田さんにあこがれてプロ野球選手をめざしました。

プロ野球選手になる前は、この身体でこの世界でやっていけるのかなという不安ばかりでしたが、プロに入ってからそして今まで身体が小さいと思ったことは一度もありません。

ただバッティングだけはと思ってここまでやってきました。

昨年引退を表明し、ここまできましたが、なかなか皆さんの声援に応えるバッティングはできなくなってきました。

理想である野球は打って走って守る。自分には守ることと走ることが衰えてきたのでユニホームを脱ぐ決意をしました。

代打にまわってからの3年間半。毎打席、暖かい声援と激励をいただいたことはしっかりとこの胸にしまいこみ、またいつかみなさんに恩返しができるようこれからの人生たくさんのことを学び、たくさんのことを勉強し、一回りも二回りも大きくなって帰ってきたいと思います。

22年間常にプレッシャーの中で戦ってきましたが、今日一日は楽しく野球をやらしてもらいました。

最高の花道を用意してくださった中日ドラゴンズ関係者のみなさん本当にありがとうございました。

そして最後に、代打として最後の生きる道を与えてくださった落合監督、そしてたくさんのサポートをいただいたコーチのみなさん、そして最高のチームメートにもめぐまれ、最高のファンのみなさんにかこまれて、幸せな野球人生を送ることができました。

この体もここまでよくもってくれました。

ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。

これで心置きなくバットを置くことができます。

全国のドラゴンズファンの皆さん、そして私を応援してくださった野球ファンのみなさん、22年間本当にありがとうございました。

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2009年5月 1日 (金)

ちうにち、弱っああ!

地元のナゴドで東京もんに三タテを食らうの巻。

名古屋人、「わざわざ東京からやって来ました」という言葉に弱いからなあ。

私も、過日、さる愛知県のかなり有名な企業のトップインタビューに同席する仕事があり、そのトップの方と名刺交換をさせていただいた際に、会社名と自分の氏名を名乗った後に、「東京から参りました」と、思わず口走ってしまいましたが、先方も、その会社の社長に就任する前は、東海地方に本社がある企業の関東系の子会社の社長さんをやられておられたので(ちなみに、たとえば中日新聞が東京新聞を子会社にしたように、東京の会社を傘下に収めるのが名古屋人のステータスといえます)、懐かしく思われたのではないかと、勝手にポジティブ・シンキングしています。

さて、中日は絶不調のまま、5月2日に横浜にやってくることになりますが、まあ1日休んで中華街で豪遊して気分転換して(1人だけ赤坂で同級生のK岡たちと豪遊する人がいそうですが)、我々の前では頼もしい姿で闘ってほしいものです。

そういえば、「週刊現代」によると、モリケンはある新興宗教団体「K福の科学」に入信したのではないかという報道がされていましたが、たぶん、本人はそのようなつもりは全くなく、ただ、自分のありがたい主張を訴えに先方の集会に出向いてやった、というつもりだったのが、先方もそれを利用して、M氏(教団側の信者へのメールには、当初はイニシャルのみが示されていたとか。果たして来るか来ないか、最初は微妙だったんでしょうね)が遂に我が教団に入信したと、信者に勝手に思わせることで教団のステータスを高めることで、信者獲得をさらに煽る作戦なのでしょう。

モリケンが、前回の東京都で行われた選挙戦を闘って議員に当選した際、ライバルの候補が、その教団がライバル視する教団に属していて、結果としてその候補者を落選させてしまい、その教団から恨みを買ったため、本来はモリケンの支持母体である自民党側に属するその教団に関連する政党から、今回の選挙戦では支持を得られれなかったので、「安全策」として、K教団の支持を獲得しておく必要があったのでしょう。

まあ、モリケンにせよK教団にせよ、今は自分たちを売り出すことが最優先なので、お互いの利害が一致してますものね。

自分たちはそういう主張をすれば、あとは知らぬ存ぜぬ。

知らぬは、そういう事情を知らぬ「イ 言 者」(「儲けの源となる者」と書いて「信者」と読む)たちばかりなり。

昔からモリケンはそういう「傾向」でしたから、やはり変わらないなあ。

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2009年4月21日 (火)

かろうじて1点差のまま

2009年 4月21日(火)22時17分3秒

朝倉と岩瀬のリレーで逃げ切ったようですね、中日。

チャンスを活かせない“ジャイアント貧打”打線は相変わらずですが、何気に健太がチームの危機を救っているのが頼もしいですね。

先日の対讀賣三連戦の最終戦にも、朝倉はベンチ入りして、野手と一緒になってチームを応援している姿が頻繁にテレビに映り、三戦目の中盤の中日のピンチのときに中日ベンチの様子が放映された際に、落合監督がコーチに自身の指示を授けた後に、ベンチ内で応援する朝倉を見つけて、一言二言声を掛けた後、朝倉がにっこりと微笑んでいる姿が映されました。

その緊迫した場面に似つかわしくない、ちょっとほのぼのとしたシーンで、いわば一服の清涼剤のような役割を果たしていましたが、ひょっとしたら、首脳陣は朝倉健太を、ポスト川上憲伸の筆頭と考えているのかもしれませんね。

さて、モリケン問題ですが、いよいよ「週刊大衆」のような、ちょっと真剣には政治を取り上げないような雑誌や、「SPA」のような少々“右寄り”の雑誌にまで、「期待はずれ」の批判記事が掲載されるようになるとともに、そんなトンデモキャラを無批判に選んだ千葉県民もバカにされているようです。

まあ、このレベルにさえモリケンのあやうさとうさんくささが“報道”されるようになってきたのは、非常に喜ばしい傾向ですね。

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2009年4月18日 (土)

東海地方と千葉県に訪れた大きな試練とは?

本日のナゴヤドームで開催されたデーゲーム「中日対讀賣」戦は、中日ドラゴンズが中盤まで保っていたリードを終盤まで守り切れず、悔しいうっちゃり負けでしたね。

決勝点は、敵の伏兵ともいえる寺内にまさかの決勝本塁打を打たれてしまい、残念な対讀賣二連敗を喫してしまいました。

昨晩のナイターはWEBでも観戦できず、本日はスカパーの中継映像でやっとテレビ観戦できましたが、昨晩は、ラミレスやイ・スンヨプなどの“大物”のホームラン攻勢に苦汁を飲まされたのに対して、本日は、小笠原やラミレス、アルフォンゾなどのビッグネームを、中盤までは懸命に抑えた、往年の今中を彷彿とさせる直球を投げるチェン・ウェインが、7回表に同点に追いつかれた後のピンチを何とか凌ぐも、遂に8回表に、昨年苦手だった寺内にはたとえヒットを打たれてもホームランは打たれないだろうと思った矢先の、ジャストミートの左中間に一直線の当たりを打たれてしまいました。

いわば、大物による目くらまし作戦の合い間に、まんまと伏兵の強烈な槍の一突きにとどめを刺された感じでしょうか。

まあ、今年のドラゴンズは、シーズン前の落合監督の言葉にあったように、「ファンがじれったいと感じる場面も多々あるでしょうが」という趣旨の言葉に象徴されるように、いわば2006年に事実上のピークを迎えていたドラゴンズの戦力を、いったん“リセット”して迎える新シーズンなので、ファンもしばらくは長い目で若手の成長を見守るしかないでしょうね。

それでも、本日の試合の終盤で、ブランコ、野本、藤井の“新鮮力”は、初めて讀賣の守護神クルーンの160キロ近いファーストボールとフォークを“体感”することができたので、これから続く長いペナントレースで、彼と何回も対戦することになる際の貴重な体験になったことでしょう。

特に野本などは、空振り三振に斬って取られた内角のフォークは、それこそ“消える魔球”に出会ったような表情を浮かべていましたね。これも“勉強”です。

ところで、2004年の落合ドラゴンズの誕生と軌を一にするかの如く、東海地方の経済状況も、一時は年間に2兆円の利益を上げたトヨタ自動車に象徴されるように好景気に沸き、しばらく繁栄を続けてきましたが、昨年夏に起こった、アメリカ合衆国のリーマンショックに端を発した世界的な大不況の影響をもろに受け、景気も一気に冷え込んでしまったようです。

そして、今度は中日ドラゴンズもその影響をもろに受けて営業成績も冷え込み、いわゆる、一番の稼ぎ頭となる接待用の年間シートが売れなくなり、それも理由の1つとなって選手の年俸を抑えざるを得なくなり、“外資系”に転職する主力選手の流出を防ぐこともできず、窮余の策として、比較的人件費が低く抑えられる、マイナーリーグの若手を特訓したり、ハングリー精神旺盛な若者を鍛えて、巨大戦力を誇る讀賣軍団に立ち向かおうとしていますが、それと対等以上に闘うには、もう少し時間が必要なようです。

いわば、ここ数年、我が世の春を謳歌していた落合ドラゴンズと東海地方に、いよいよ大きな試練の時が訪れたようです。

一方、私が住む関東地方にも、政治的に試練が訪れた県があります。

そう、私が育った県、千葉県です。

さて、このブログでも、一度取り上げたことのある「ちば論」ですが、

http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_9bc9.html

前回の「モリケンの襲来」を、“市川の良心”によってかろうじて撃退した千葉県も、今回は周到な「完全無所属」の演技にまんまと騙された多くの素朴なちば県民によって、とうとう「モリケンの逆襲」を許してしまいました。

ところで、この「モリケン」という愛称ですが、なぜか、名前に「ケン」が付く人物は苗字の最初の二文字とセットにした愛称で呼ばれる傾向が強く、最近のプロ野球では、広島の前田健太が「マエケン」、遥か昔には、喜劇役者の榎本健一が「エノケン」と呼ばれていた歴史を考えると、1970年代の青春スターとして名を馳せた森田健作が「モリケン」という愛称で呼ばれていたのも、その人気の高さを物語るものといえそうです。

そんな、日本全国1億総「モリケン」ファンみたいな状況の中でも、私が「モリケン」のあやうさやうさんくささに嫌でも気付かされたのは、私がまだ千葉県民として、森田健作主演の青春テレビドラマを面白おかしく観ていた時でした。

1960年代中盤から1970年代中盤にかけて、当時の若者たちの心を掴んだ、日本テレビ系列の「青春ドラマシリーズ」の中の1編、「俺は男だ!」主役の剣道部キャプテンとして一躍お茶の間のアイドルとなった森田健作は、当時の男子の誰もが、モリケンが甲高いトーンで発する「吉川クン!」と、当時のアイドル・スター吉沢京子(現在は、テレビの富士薬品のCMソングに登場中)扮するドラマ・ヒロインの役名を呼ぶモノマネができるほどの絶大な人気を獲得していたのです。

そして、うちの弟も、そのドラマに“洗脳”されて、まんまと「モリケン」教にはまり、大ファンになってしまいました。

そのファンぶりはなかなか本格的で、ただ単にドラマにのめり込むだけでなく、雑誌の切り抜きなども集めていくうちに、ついに、「森田健作・オン・ステージ」なるLPレコードまでをも購入するほどになりました。

そうなると、弟は、私にもそのレコードを見せて、「兄貴もモリケン教に入れよ」みたいな雰囲気で迫ってきたのですが、私はそのレコードに封入されていた「森田健作・オン・ステージ写真集」を目にして、「あれ?」と思いました。

そのレコードは、人気絶頂だった森田健作が、ファンの前で、歌や踊りや芝居を大会場で披露した独演会の模様を、音声と写真で再現したもの(当時はビデオなどの映像媒体はあまりにも高価で、これが唯一のメディアミックス媒体)だったわけですが、まあ、あの独特の雰囲気を漂わせた歌はそれなりに楽しめましたが、「第2部」として収録されていた「演劇」では、何故か、太平洋戦争で玉砕していく神風特攻隊の青年に扮したモリケンが、お国のために精一杯命を捧げて敵艦に突っ込んで行くという、当時としてもかなり異様な雰囲気を漂わせたドラマの主人公を演じていたのでした。

写真集のキャプションにも、「日の丸のハチマキをキリリと頭に絞めて、旧・大日本帝国海軍の特攻服に身を包んだ軍服姿も凛凛しい森田健作が、憂国の戦士に扮して感動のドラマを演じてみせます」みたいな言葉が並び、「おいおい、随分と軍国主義的な役者じゃないの、モリケンは?」と、弟をからかったら、「モリケンはそんな男じゃない!彼は真剣に日本の行く末を憂えてるんだよ!」という反論を受けたものです。

その後、モリケンはさらにスター街道を驀進し、遂に、当時のアイドル・スターの頂点に立ったことを示す「グリコ・アーモンドチョコレート」のテレビCMに出演し、当時、「板チョコ」から「ひと粒チョコ」への転換を図って、客単価の上昇を狙っていた戦略に乗って、FM東京でも「森田健作ひと粒の青春」というトーク番組が始まり、それもリスナーに好評を博して、遂に、その題名を借りた「タレント本」まで出版され、引き続き、熱心なファンを続けていた弟はそれも購入して、私に見せてくれたのでした。

ちなみにその本では、FM放送の番組で森田健作とのトークの相手を務めたアシスタントのおねえさんの顔写真まで登場し、FM放送で披露していた魅惑のボイスとのギャップに少々戸惑いましたが、これは余談でしたね。

さて、さすがにその頃の彼の言動から、かなりのあやうさやうさんくささを感じていた私は、その本に書かれていることの挙げ足をとって、弟の目を覚ませてやろうと考えたところ、ちょうどいい具合に「香ばしいフレーズ」をその本の中に発見しました。

当時、「親を大切に」「人類皆兄弟」「一日一善」というフレーズで、積極的なテレビCMを流していた、右翼界のドンと呼ばれた笹川良一氏(当時の日本船舶振興会会長で、要するに、モーターボート競艇界のボスでもあった)と、森田健作が非常に親しいという噂が流れ、その傾向に、一部のファンが“引き”始めた頃であり、その動きに対して、森田健作がその本で“反論”を掲載していたのです。

それによると、「みんなは、笹川先生のことを、右翼で怖い人なんじゃないかと敬遠する人がいます。でも、ボクは違うんじゃないかなと思います。彼はとっても腰の低い人で、親孝行や一日一善の大切さを訴える人がそんな人のはずがないじゃないですか…」みたいなニュアンスの言葉が並んでおり、その点を弟に指摘したところ、さすがに弟も段々とおかしいと思い始めたらしく、その後、その本と「森田健作・オンステージ」は、彼の本棚からいつの間にか消えてしまいました。

その後弟は、今度は、カンフー映画を全世界に広めたブルース・リーにのめり込むようになり、「兄貴もブルース・リー教に入れよ」と再び迫ってくるようになり、まあそのお陰で、私も彼のことについては熱烈なファンでもないのに異様に詳しくなっていったわけで、結果的にその知識を応用して、こんな記事を書いたこともありましたね。

http://homepage3.nifty.com/TAMAGAWA/dra/nest/nestsw07.htm

ちなみに、私も世の中を渡っていくためには、一応誰かのファンとなっておく必要があると思ったので、当時、唯一といっていいほど、アイドルなのに中日ドラゴンズファンを公言していた岡田奈々を、一応心のアイドルとしていました。

彼女は岐阜県出身で、本名が「やいひろこ」というのを、人から「やい、ひろこ」とからかわれるのが嫌で、絶対芸能人になって名前を変えてやると思ってデビューしたとも言ってましたね。

なお、このネタは、当時愛聴していた「東海ラジオガッツナイター」の中継放送の終了後に放送されていた若者向けの番組で仕入れたものでしたので、あくまで東海地方限定のものだったのかもしれませんが。

それにしても、どこまでドラゴンズ・オリエンテッドな人生だったんでしょうね。

さて、そんなわけで、早くからモリケンのあやうさやうさんくささにうんざりしていた私ですが、既に、千葉を離れて二十数年となる私には、今回の知事選で何か特別なことができるわけでもなく、千葉県民の選択をじっと見守ることしかできませんでした。

案の定、善良で素朴な多くの千葉県民、特に、房総半島の南部に位置する人達は、モリケンが醸しだすある種の熱心さで、「ちば」のロゴを作った千葉市の人たちが主張する「アカ抜けのしなさ」

http://www.pref.chiba.lg.jp/syozoku/b_kouhou/logo/logo061102.html

を変革してもらえるのではないかという希望を持って投票に向かったものと思われ、今回の選挙では圧倒的な得票差で知事になることができたのではないかと推測しています。

さて、そんななかで、いくつかの雑誌でも、ようやく彼のあやうさやうさんくささを追及する動きが出てきたのは、ある種の救いかもしれません。

また、東山にしこさんによると、こんな動きもあったようです。

>17日の朝日新聞の第27面のコラムで市川市をとりあげていました。

>全体にこじつけくさいのですが、結びのところにこんな情報が。

>先の県知事戦では森田健作氏が圧勝したが、市内の得票率は

>県全体より低かった。

>やはりそうか!

>市川市民はせいいっぱい戦ったのだ。

>ありがとう、市川市! 

>これからは県知事選は市川だけでやってほしい!

おお、市川市! 

千葉県の良心、市川市にそんな「抗議行動」があったとは!

たぶん、賢明な市川市民は、今回の知事選では、自分たちの力をもってしても、とても、エセ「モリケンフィーバー」に踊らされている他市町村民の票田には敵わないと悟り、せめて、何らかの“良心”を示そうということで考えたのが、「積極的な意思による棄権」だったのでしょう。

さすが、たとえ転んでもタダでは起きない市川市民でした。

まあ、他の対抗する候補にも、政党の支持を巡る内部抗争があったりしてシラケてしまって投票に行かなかった面も多々ありそうですが、まあそこのところは許してあげて…。

♪今日も明日も頼むぞ  そぅ! 我等の市川

そうだ、今や大きな試練にさらされている東海地方と千葉県。

頑張れ東海地方と千葉県。

そして、我らが中日ドラゴンズ。

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2008年10月26日 (日)

タダ働きシリーズ(TBS)終了。

やれやれ。

やっと終わったCSという感じですね。
特に、我々中日ファンにとっては。

結局、京セラドームで3試合、東京ドームで4試合が開催されて、興行収入はほとんど阪神と讀賣両球団にもっていかれるので、中日はまさにタダ働き同然のくたびれ儲けということになります。

これで、来年からは、3位以下になることが確定したら、喜んでカープにその権利を譲ってあげましょう。

まあ、中日ファンは勝手に夢を見て、球場に出掛けたり、テレビやラジオやネット観戦をして、それなりに野球界にお金を落としたので、現在の金融危機に端を発した大不況という焼け石に、ちょっとだけ水をかけましたが、結局、讀賣が優勝(讀賣を応援)するとロクなことにならないと、長年の「歴史」が証明していますからね。

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巨人優勝年は株価暴落…下落率歴代10位まで独占

http://news.nifty.com/cs/headline/detail/fuji-320081017203/1.htm

2008年10月17日(金)16時35分配信 夕刊フジ

日経平均株価が16日、前日比1089円安と大暴落した。下落率は11.4%で史上2位。これで下落率歴代10位までがプロ野球で巨人がリーグ優勝した年と重なった。

今年は、巨人が初の単独首位に躍り出た10月8日以降、下落率歴代2、4、5位と3度もランクイン。このほか、史上最大の下落率14.9%だった「ブラックマンデー」の1987年、53年(下落率歴代3、10位)、70年(同6位)、71年(同7位)、2000年(同8位)と、いずれも巨人がセ・リーグを制覇。同9位の49年は1リーグ制だったが、この年も巨人が優勝した。

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これで、落合監督が日本シリーズで優勝してしまい、単なる讀賣グループ主催興行でしかないWBCアジアラウンドの監督を引き受けざるを得なくなり、わざわざ讀賣グループ収入増の片棒を担がされたり、さらに、開幕前の一番重要な時期に中日の貴重な戦力を供出する義務もなくなったことが、今回のCS敗退の最大の収穫であったと言えるかもしれません。

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2008年9月20日 (土)

盛り上がらないCS事情:中日にとって深刻な“ニンジン”不足

中日は昨晩のボロ負けで最悪の雰囲気の中、本日は14時から試合をしなければならないわけで、闘う前から白旗を上げていそうですね。

だいたい、今のチーム状況でCSに進出したところで、球団(要するに会社)はともかく、選手たちの個人的な事情、いわばサラリーマン的に考えれば、CSというのは、年俸の評価に関係しない“サービス残業”にしかすぎないわけで、万が一? ペナントレースでリーグ戦の第3位に残ってCSに出場し、それを勝ち抜き、なんとか日本シリーズに進出し、さらにそのイベントに勝った場合に、やっと会社から「臨時ボーナス」が支給されるという状況なわけです。

ただし、そのイベントで活躍しないと、個人的には、たぶんその分け前にさえありつけない…。

さらに、ヘタに「日本一」になると、今度はアジアシリーズに出場して、ディフェンディングチャンピオンとして目一杯頑張らなければ、非難されこそすれ賞賛されることはなく、これまた“無給の休日出勤”が控えているわけです。

そして、昨年の中日は、この一連の「報われない毎日」を、既に体験した唯一の球団だったわけで、これじゃあ、各選手のモチベーションを上げろというほうが、土台無理な話なわけです。

まあ、球団が昨年と同じように、この終盤に選手たちに頑張ってもらいたいと本気で考えているのならば、何か“ニンジン”が必要でしょうね。

それが、いまさら連続日本一を達成したら、憧れの「家族・恋人同伴可の豪華ハワイ旅行」でないことは確かだとは思いますが、さて。

ところで、まだ阪神タイガースが絶好調だった今年の 7月 5日(土)に、今年のセ・リーグのペナントレースの終盤がこういう展開になるであろうことを「予言」していた私でしたが、

http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_06ed.html

もちろん、希望的観測としては、その“ミラクル”を起こすのが中日ドラゴンズであってほしいとは願っていましたが、こうなってしまったのもしょうがないでしょうね。

その“遠因”を作ったのは、一部の熱狂的な崇拝者を除いて、いまや世間から総スカンを食らっている、星野ドリームズプロジェクトの総帥である星野仙一氏であるといえるでしょう。

彼は、北京五輪における「激闘」の末に、中日では絶対的なエースとして君臨していた川上憲伸投手を「戦力外」に(一説では、言葉と直接の“叱咤激励”により)葬り去り、阪神では三番打者として打撃陣の中心を担っていた新井貴浩選手を「疲労骨折」にまで追い込み、結果的には、2球団の直接のライバル球団となった讀賣ジャイアンツと広島カープに“塩”を贈ったことになり、両球団にとっては、まさに“大恩人”といえるでしょう。

日本テレビは、北京五輪の惨敗後も、自社のスポーツ番組で星野仙一氏を引き続き特別ゲストに招き、いろいろと盛りたてて、WBCでも監督を引き受けるように世間を誘導しようとしていますが、彼らにとっては、まさに“都合のいい男”なのかもしれませんね。

まあ、WBCは、たしかMLBが興行主であり、日本では讀賣グループが主催するイベントなわけですから、最終的には、監督問題もそのあたりの事情で決められるように持っていくということでしょう。

あとは、いかに“世論”をうまく誘導するか。

問題はそこでしょうね。

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2008年7月19日 (土)

悲しき五輪シフト?

本日のトーチュウ第一面の見出しを見て、寂しく悲しい気持ちになったのは私だけではないでしょうね。

http://www.tokyo-np.co.jp/tochu/article/shimen/CK2008071902100002.html

もう中日は、北京五輪の野球デモに、球界最多の4人もHOSHINO★EXPRESS JAPANに“供出”して球界に“貢献”するのだから、星野ジャパンに積極的に協力する中日系新聞を買ってね、という形でしか中日ファンの関心を引くことができない、ということのようですね。

第2面の「龍の背に乗って」でも、渋谷キャップが、こんな感じで冷やかにコラム記事を締めくくっていますし…。

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  「見どころは9回だけだったな。お互いに。9回だけ見てりゃ、お客さんはおもしろかったっていう試合だった」

  岩瀬から4安打放った阪神。藤川に冷や汗をかかせた中日。それをこう締めくくったのが落合監督だ。冷静にゲーム差なんか考えてたら、野球が楽しくありません。だって竜虎対決、これで5連敗なんだから…。(渋谷真)

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もう、2人(落合vs渋谷)の関係は完全に冷え切っているということですね。

ペナントレースより、北京五輪の星野ジャパンで活躍する、4人の星野チルドレンに注目せよ! ということのようです。

なんだかなあ…。

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2008年7月 5日 (土)

テイスト・オブ・ハニィ?

2008年 7月 5日(土)00時43分52秒   

久々に心ゆったりと終電で帰宅できます。

このところ、終電で帰れれば御の字という仕事状況が続いておりましたが、この3日間はあまりの忙しさで、中日の試合の詳細をほとんど記憶していないのですが、地上?では、対阪神三連戦の初戦で、9回裏にイ・ビョンギュさんの赤兎馬プレー((c)東山にしこ氏。しかし、さすが熱烈歓迎ファンの人はうまいこというなあ。)が飛び出してグッバイ・ベースボール(違)をやられるなど、いろいろなことが起きていたのですね。

まあこれが、北京五輪が終わっている頃にはどういう状況になっているのかが見物ですね。これ以上は悪くなりようがないだろうし。

中日は、阪神に極端に弱いだけで、他のチームに対してはそこそこ勝つから、むしろ始末に負えないんですけどね。

ある意味、ベンチが半ば確信犯的にイ・ビョンギュ元・赤兎馬選手を起用しているのは、現時点ではチームの本当の力を出し切らないように“調整”するための、いわば拘束具(エヴァンゲリオンでいうところの)の役目をしてもらっているのでしょう。

そして、森野や井端が復帰して、来週からは洞爺湖サミットで40年振りにギララが地球に来襲して大騒ぎになりhttp://www.cinemacafe.net/news/cgi/report/2008/01/3250/index.htm

さらに名古屋では、ナゴヤドームで8月20日から「世界妖怪サミット」が開催されるので、中日の親会社は本物のサミットどころじゃないし…。

http://yokai-dome.com/outline/index.html

やがて、いよいよ北京五輪が始まり、ビョンギュさんも晴れて韓国代表として召集されれば、大手を振って(?)ベストメンバーで戦うことができるようになるので、そこで本気モードで勝ち進み、阪神にプレッシャーを掛ける。

今シーズン、阪神は今まで全くと言ってもいいほど不調の時期がないだけに、かえって後半戦に息切れして大型連敗をするかもしれず、そのいっときが勝負となるという首脳陣の読みかもしれません。

そのときに大型連勝をしたチームが“ミラクル”を起こせるという筋書きでしょうか。

もちろん、そのチャンスは中日だけでなく、横浜以外のチームすべてにあるともいえますが。

まあ、職業野球とはそういうものでしょう。

ところで、なかなか波に乗れない中日ですが、結局、昨年の終盤に非常においしい思いをしてしまったことに原因があるのかもしれません。

いくら落合監督が、「CSは眼中にない」と発破をかけても、選手たちの身体には、昨年のポストシーズン・ゲームで覚えた甘い誘惑が染みついていますからね。

確かに、昨年のペナントレースでは、終盤に讀賣ジャイアンツにリーグ優勝をかっさらわれて悔しい思いをしましたが、その後に行われたクライマックス・シリーズで、オール阪神巨人に5連勝して日本シリーズ出場権を勝ち取り、その勢いをかって、北海道日本ハムファイターズまでをも撃破して54年振りの日本一を勝ち取ることができたのですから。

そのこと自体はめでたいとしても、それじゃあ、あの厳しい練習に明け暮れたキャンプから始まり、死力を尽くして戦ったペナントレースの奮闘努力はいったい何だったんだということになりますよね。

極論すれば、ペナントレースは阪神さんに目一杯頑張って走ってもらいビール掛けで腑抜けになってもらった後に、リーグ戦終了後に行われるクライマックス・シリーズに2位で進出できる権利を確保しておきさえすれば、今年から1勝分のハンディが付けられるとはいえ、その短期決戦にだけ集中して頑張って勝ち抜けば、簡単に栄誉を受けられる。

そのこと自体が非常に虚しいと頭ではわかってはいても、身体が、昨年のおいしい蜜の味を知ってしまった以上言うことをきかないというのが実態なのかもしれません。

大体、蜂蜜という食品の成り立ちが、本来は、働き蜂が、自分たちの女王様のために身を粉にして花の間を駆け巡りながらやっとの思いで蜜を集めてきたのを、「はい、ご苦労さん」と、人類とクマのプーさんが横取りするシステムで作られている商品であり、その有り難みをつい忘れて、その滋味だけを甘受しているところが間違いのもとともいえるでしょうね。

まあ、昨年は、蜂蜜のおいしい味をたっぷりと味わったので、今年の前半は、虎ん蜂に身体のあちこちをチクチク刺されて目を覚ますぐらいがちょうどいいのかもしれませんが。

ただし、私は蜂蜜が非常に好物で、特にスタバの「本日のカフェ」ショートサイズ(これだけは、ショートサイズなのにトールと同じ分量ですし、ほとんどが甘ったるすぎるともいえるスタバ商品のうち、唯一、苦み走った男らしい味がする商品なのです。)に、コンディメントバーで、タダで入れられる蜂蜜とシナモン、ミルクをたっぷりと入れて、オリジナル・ブレンド・ハニィ・ミルク・カフェを飲むのがマイブームですが。

『スタバではグランデではなくて、ショートの「本日のカフェ」を買え!』という本を書きたいぐらいですが、何か。

はて、何の話でしたっけか。

あ、そうそう、そういう意味では、この、クライマックス・シリーズは、長期的に見れば、中日ドラゴンズにとって、非常に危険な罠になるという話をしたかったのでした。

今季も2位か3位でクライマックス・シリーズに出場して、万が一優勝してしまったら、もう二度とリーグ優勝を目指さない身体になってしまうかもしれませんから。

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2008年5月24日 (土)

明日は弱い者同士の対戦?

まあ、「ダイエーの王監督」の采配も酷かったんじゃあないかな。

中日があまりに弱いんで、阪神が1点差で負けるところを見てやろうと、ちょうどスカパーのチャンネルを回したところ、9回表の二死満塁で、赤星が逆転タイムリー安打を打った直後のシーンだったらしく、湧きかえる阪神ファンが陣取る外野席とともに、悔しそうに唇を噛む王監督のアップ映像が。

まるで、あなたの、抑え投手のプライドにこだわりすぎる采配が、こういう結果を招いたんですよ、と地元のテレビ局がそれを非難するような意図が画面から伝わってくる、アップ映像でした。

それにしても、うちは北海道で弱いなあ。

2006年と2007年に開催された日本シリーズでも、彼の地で勝ったのは中田賢一ただ1人。

そういう意味では、本日の先発投手を中田と予想して、「敵地で川上と中田で2つともいただきだ!」という内容の記事を書いて、中日ファンを煽って新聞をたくさん買わせようとする中日系新聞の意図はわかりますが、現実があまりに違うので、かえって怒りが倍増するんだよねえ。

まあ、冷静に考えれば、たとえ敵地で勝っても興行収入は、球団承認グッズのライセンス料など、雀の涙程度なのに対して、翌日の日曜日には地元に帰って、莫大な売上が見込めるゲームが控えているのだから、そちらに中田をもってきて、がっぽり儲けるという算段のほうが理にかなっているのは当然でしょう。

ただし、もちろん、中田がその試合で好投して、逆転負けの後遺症が残る偽ダイエー球団をこてんぱんにノシて、それを観たドラファンが溜飲を下げて、財布の紐が緩んで、帰り道でドラゴンズショップやイオンショッピングセンターで“散財”してくれないと、この“賭け”には勝ったことにはならないわけですが。

しょうがないので、スカパーで、さいたま西武対讀賣戦のリピート放送をやっていたので、讀賣さんもパ・リーグ球団にボロボロと負けるのを“観賞”していたら、お立ち台には、8回表の一死三塁のピンチをしのいだ岡本真也投手が、先発の帆足とともに上がりました。

インタビューでは、「ライオンズに来て、初めて勝ちに貢献できたといえる仕事をすることができました。」というような趣旨の、非常に謙虚な発言をして、ファンの喝采を浴びていました。

よかったね、岡本選手。

まあ、このトレードについては、お互いの選手がきちんと活躍しているので、結果論的には良いトレードとはなりましたね。

ただし、中日には、しっかりとした中継ぎ右腕がいまだに現れない“ブラックホール”が発生したままですが。

早く帰ってきて、すーさん!

http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/200805/CK2008052302000062.html

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2008年5月22日 (木)

なるほど、旧人類的なやまさきせんしゅ

2008年5月22日(木)14時35分

楽天のやまさきは、名古屋やドラゴンズに対する愛が強すぎるからこそ、妙に力んでしまって、思ったような結果が残せないのでしょう。

とかく、自分の思い入れの強さに大きく左右される“旧人類”の良さであり悪さでもありますね。

一方、同じドラゴンズOBでも、鉄平や川岸などは、ドラゴンズでは思ったような活躍ができなかった分、ドライに割り切ってプレーに徹することができるので、良い対戦成績を残すことができるのでしょう。

いわば、きわめて“新人類”的な発想ですね。

まあ、本当の「新人類世代」はとっくの昔におじさんやおばさんになってしまっていて、本来の意味とは異なるけど。

今は、ゆとり教育を受けた世代が大学を卒業し、いよいよ新入社員として入社してきて、さまざまな波紋をビジネス社会に投げかけているらしい。

その代表が、沢尻エリカや上田桃子に代表される、空気を読めずに問題発言を平気でしてしまう世代ということになります。彼女たちは、自分たちの才能を発揮して社会に出るのが早かったので、波紋を投げかけたのも早かったし、その“さきがけ”となったという分析があります。

「日経ビジネスアソシエ」のサイトで、その点を扱った非常に面白い連載が始まっています。

「ゆとり世代との付き合い方」というタイトルのWeb上の連載だったかな。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/nba/20080326/151309/

事例がなかなか面白いし、イラストも今風でウマイし。

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2008年5月18日 (日)

ワダさんのお陰さんで

2008年 5月18日(日)18時08分
なんとかサヨナラ勝ちとなりましたが、

http://dragons.jp/game/scoreboard/2008/index.php?date=20080518

一昨日の中スポで、渋谷キャップに「終盤が怖い」と、あまりにも気付くのが遅い記事を書かれた、恐怖のモンチッチこと吉村に、チェンがものの見事に同点3ランを打たれました。

昨日の8回表に、同じような場面でチェンに見逃し三振を喫したときの“学習能力”を発揮して、さすがに今度は見事にリベンジされてしまいました。

私なんか、完全に自慢ですが、彼の学習能力の高さについては、はるか昔の「2003年10月4日 横浜-中日 25回戦 横浜球場 」から気付いていて、そのときからずっと警戒警報を鳴らしていたのだよ。

http://homepage3.nifty.com/TAMAGAWA/dra/affairs/SE/SE2003/2003SE09.htm

10月4日

中日 100 000 000|1
横浜 000 001 20x|3

中日=野口、久本-柳沢、谷繁
横浜=川村、加藤-中村
勝投手=川村(19試合5勝7敗)
セーブ=加藤(42試合4勝1敗5S)
敗投手=野口(29試合9勝11敗)
■本塁打
YB吉村(1号2点)
・野口、ふんばるも6回に川村のツーベースからつながって1失点
・7回は新人吉村に勝ち越し2ラン食らう
・1回表、立浪の適時打で先制
・以降の中日打線、わずか2安打

偽南渕のブラックシャドウコラム

なぜ吉村がプロ入り初本塁打打てたか。

それまでの2打席は3球三振を含む2三振、その回も野口-柳沢バッテリーにツーナッシングと追い込まれていた。

が、2球目の野口のスライダーに対しては、吉村がじっくり待ってからファールすることができたんで、一瞬「オヤッ?」と思ったんだよね。そしたら、3球目の外角低目のスライダーをものの見事に捉えたんだよね。
最初はファールになるかと思ったんだけど、左翼ポール直撃のホームランに。確かにセンスはあるね。

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それに、西武にFA人的補償で移籍した岡本も、吉村によく打たれていたしなあ。

http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_fbfa.html

まあ、2003年の話はちょっと早すぎたKEDOネ。

その後、彼は二軍暮らしがずっと続き、一軍に定着するようになったのは2006年からかな。

さて、再び、本日の試合に戻ると、その後8回裏には一死満塁の勝ち越しのチャンスを掴むも、谷繁と英智があっさりと凡退し、非常に嫌~なムードになりかけましたが、9回表の岩瀬が、昨日の失敗を取り返す三者凡退投球によって、汚名返上&名誉挽回し、9回裏に、結局は和田の沈着冷静なセンター前サヨナラヒットによって、なんとかサヨナラ勝ちとなりました。

好機に打席に立った和田ですが、普通の打者と違って変に気負うことなく、相手投手横山の配球を読み切ってのセンター返しで、さすが、伊達に頭を丸めてはいませんね。

例によって、小田が真っ先に一塁ベースを駆け抜けた和田に駆け寄り、ペットボトルの氷水を頭から浴びせていました。

つまり、お坊さんがお坊さんに勝利後の“力氷”を掛けるという、世にも珍しいシーンが展開されたようですね。

http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/200805/CK2008051902012397.html

お立ち台での和田のコメントも沈着冷静そのものでした。

まあ、結果的には中日が勝ち、ヤクルトが勝ち、阪神が負けたので、万々歳ですね。

2008年 5月18日(日)23時07分3
仕事をしながら、音声を消して、カープの対讀賣戦の試合をテレビ映像だけでみていましたが、讀賣に4点先取されてからカープの最初の反撃で、古窪のフェンス直撃弾が二塁打で止まらず2ランホームランだったら、ルイスのホームランで同点に追い付いていたので、展開もかわっていたかもしれず惜しかったですね。

さて、新井弟は、元々は体験一軍のあとにすぐに二軍に戻す予定が、森野の離脱で空いた枠を当面生かそうということでチャンスを与えられたようですが、元々、平田とキャラがかぶっていたので、両天秤にかけた末の二軍への再降格だったようです。

平田が一軍に残ったのは、彼の適応性に賭けたのでしょうね。

元々、落合監督は入団時から彼の素質を高く評価していたので、鍛えるのなら高卒の若手と思ったのでしょう。

新井は大卒なので、即戦力として実力がついて上がってきたのならば、きちんと使ってやるから出直して来いということなのでしょう。

そのかわりに、手薄となった投手陣の補強に高橋聡文を上げたようですが、また左腕が増えて、中継ぎに使える右腕は平井と朝倉のみ。

本日の試合でチェンが吉村に打たれたのも、中継ぎ投手がほとんど左腕しかいないというところに問題がありそうですね。

まあ、交流戦までには調整するかも。

しかし、最初の2カードがパ・リーグの本拠地開催というのはどういう調整でそうなったのか。

セ・リーグ完全に不利じゃん。 

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2008年5月16日 (金)

交流戦“異聞”

2008年 5月16日(金)21時45分
中日は、なんとか「接戦」を最終的には“快勝”で終わらせることができましたが、

http://dragons.jp/game/scoreboard/2008/index.php?date=20080516

試合後の落合監督は、試合についてのコメントをいっさい言わずに、交流戦で、選手たちがチームマイナス6%をアピールするためにグリーンバンドを付けることに対する批判を報道陣に対してしたそうです。

東海ラジオガッツナイターのレポーターが、そのような監督のコメントを、珍しく放送時間内に“報道”してくれましたが、はたして他の媒体は、そのことを伝えるのか。

ひょっとしたら、欧州主導の地球環境問題(このあたりの事情は、伊東乾氏のコラムhttp://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20070621/128005/?ST=print

が、非常に興味深い裏事情を伝えてくれていますが)のトレンドにいち早く便乗というか、うまくビジネスチャンスにつなげた、サニーサイドアップ社(サカーの中田英寿のマネジメントで有名ですが)の「ホワイトバンド」と同じような利権がからんでいることを見越しての意見表明なのかも。

やるなあ。

でも、球界からの風当たりは相当強くなるかも。

交流戦は“要注意”だなあ。

●夜のレコーディング
若鯱屋にて
鯱風きしめん(実は、東京店限定メニュー!)
以上 

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Chotto Black Reading DESUGA

2008年 5月16日(金)14時13分

本日のトーチュウ一面には思わず失笑してしまいました。

「大勢のメジャーのスカウトの前で大炎上」 

ですかあ。

http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/200805/CK2008051602011628.html

中日は、よっぽどケンシンをメジャーに売り込みたいんだねえ。

せっかく、メジャーのスカウトさまたちが大勢でお見えになっているのに、自分をアピールする絶好のチャンスが台無しじゃないか、みたいな。

ひょっとしたら、球団には裏金でも入るのかなとさえ勘ぐりたくなりますね。

カブスに売り渡したコースケもそうかもしれないし。

中日新聞グループとしては、ひととおり、ファンに新聞を買ったり球場に来てもらうための「宿題」だった日本一などを片付けてしまい、これ以上“売り物”がなくなってきたので、今度は高年俸のベテラン組を追い出す一方で、給料の安い若手を起用して人件費を抑えつつ、新たなファンをつかまえようとしているのかもしれませんね。

いつまでも、コースケやケンシンだなどといっていると、入団時にいろいろと画策してもらったことを恩に着せてくる、あの人(★)がいつまたやって来るとも限らんし。

そこで、体力と気力の限界を感じて、立浪が今季限りで引退(最近は、こういう状態を「千代の富士」というそうな)し、落合監督の今季限りでの勇退を受けて監督に就任…。

とまあ、その理由づくりとして、あえて“代打で使い物にならないオレ”を演出しているのかも。

我ながら、ちょっと黒い読みですが、いかが。

●本日のレコーディング

ミックスサンド、ゴーヤジュース


海南鶏飯、野菜スープ、キャベツ、トマト、キュウリ

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2008年5月14日 (水)

窮コアラ、竜を噛む?

2008年 5月14日(水)23時40分
基本的には、もちろん私はドアラに同情的ですが、それにしても、今回の写真集などは、出版社はPHPとはいえ、著者が中日新聞社となっていて、明らかに、今季絶好調のドアラでひと儲けをしようとたくらんでいるのが丸わかりで、ちょっと嫌~な感じですね。

あの、ドアラの秘密本は、それなりに楽しめる本でしたし、後半にはほろっとさせるファンの声が掲載されていたそうですし、生存競争が非常に厳しいドラゴンズ・マスコット業界(どこにいっちゃったんだドムラ君?)における“絶滅危惧種”の立場をを脱出して、今や、正統派「竜キャラ」のシャオロンやパオロンの尻尾をかじるどころか、完全に食ってしまいそうなところまで、その地位を回復した、これまでの彼の奮闘努力は、もちろん素直に評価してあげなければいけないかなとは思いますけどね。

昨日の神宮は、マサで勝って本当によかった。

http://dragons.jp/game/scoreboard/2008/index.php?date=20080514

彼は、みんなから頼りにされだすとまさに生き生きとしてきて、ファンや首脳陣が期待する以上の力を発揮してくれますが、いったん頼りにされなくなりだすと、とたんに(´・ω・`)ショボーンとしてしまうんだよね。

そういう意味では、3連敗後の連敗ストッパーの期待を担ったのは、彼にとっては非常にラッキーでしたね。 

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2008年5月13日 (火)

ドアラの役目って?

2008年 5月13日(火)23時15分
今週は、月曜日からずっと残業に追われていて、せっかく中日が関東に来ているのですが、神宮観戦は厳しい状況です。

本日は、上位チームが全部負けたので、「試合がなかった」ことにできたのが唯一の救いですね。

http://dragons.jp/game/scoreboard/2008/index.php?date=20080513

中スポやトーチュウも、今や選手より、ドアラを売り出して自分とこの新聞やドアラ関連本や写真集を売ることに夢中だしなあ。

http://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/200805/CK2008051302010775.html

ていうか、本末転倒?

ドアラって、球団を応援する役目の動物じゃなかったっけか。

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2008年5月 7日 (水)

マサによかったね。

2008年 5月 7日(水)22時25分

本日はマサに勝ちがついてよかったです。

http://dragons.jp/game/scoreboard/2008/index.php?date=20080507

残業中でしたので、最後のほうだけ会社を抜け出して、近所のカフェで8回裏のダメ押しのシーンを東海ラジオで聴いた後に、マサとベンちゃんのヒーローインタビューを聴きました。

インタビューがなかなか始まらなかったのは、たぶん和田が遠慮して山本昌単独のお立ち台にしたかったのを、和田もナゴドで初めてのお立ち台ということで、石黒広報あたりに説得されてようやく出てきたものと思われますが、マサの露払い的な態度でインタビューを盛り上げ、オトナですね。

なにせ、容貌がお坊さんだから、悟りの境地という感じですね。

ところで、うちの職場には「オフィスグリコ」なるお菓子箱がおいてあるのですが、いわば、お菓子版“富山の薬箱”といえますが、まさに日本人性善説に立った仕組みです。

職場にお菓子ボックスが置いてあり、基本的には1個100円のグリコ製の菓子類がボックスの中に置かれていて、ボックスの上には貯金箱のような料金箱があり、菓子を1個取り出すたびに100円玉をその料金箱に入れる仕組みになっていますが、たぶん“ずる”をする人はほとんどいないのでしょうね。

うちは、そのボックスがリフレッシュルームに置いてあり、昼休み中などのピーク時以外は無人コーナーになっていることも多く、私がそこで菓子を気晴らしに買い求める場合は、たいていは自分1人のときが多いのですが、律義にお金を払っています。

万が一、モラルの低い職場に当たり、不払いが多数発生してしまったら、その職場から撤退すればよいわけですし、その噂がなんらかの形で世間に広まったら、その会社に働く社員のモラルが問われることになり、結局は無言のプレッシャーが社員一人ひとりにかかるという仕組みです。

あれで、グリコは売上を相当伸ばしたそうです。

また、煎餅などの米菓は亀田食品、羊羹やアイスモナカは井村屋などの専門菓子メーカーと提携したりと、自社の不得意分野をカバーしつつ何気に品数を充実させていますしね。

●久々のレコーディング

チーズマヨネーズロール、ドリンクヨーグルト


ゴーヤチャンプル定食、ミニソーキソバ、ウコン茶


ジェノバ風ローストチキンサンド、ミネストローネスープ、アイスミルクティー 

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2006年12月 3日 (日)

気まぐれ更新連載「私のマイ中国語会話ブーム」その2 さて、「私のマイ中国語会話ブーム」ですが、実は今回が初めてではなく

さて、「私のマイ中国語会話ブーム」ですが、実は今回が初めてではなく、20数年前、まさに1980年代に突入する直前の学生時代に、一般教養的な選択科目で「中国語会話」の授業があり、せっかく学校が教員養成的な学部、しかも中国語教員養成学科もある学校だったので、ちょっと興味本位で、他学科学生も対象とする入門的なクラスを受けてみることにしました。

そのクラスの先生ですが、戦前生まれのかなり年配の先生だったのですが、少々変わった経歴の持ち主でした。

その先生が中国語を勉強したのは戦前で、しかも、当時日本が中国と戦争状態というか、中国本土に侵攻している時代で、国立の某外国語専門学校に入学したところ、そこの実態は“特務工作員養成学校”、すなわちスパイ養成学校の役割を果たしていたのだそうです。

要するに、戦前の日本がしだいに軍国主義の色彩を帯びてくる昭和初期の当時、日本は日独伊三国(さしずめ、今米国のブッシュ・ジュニアが声高に叫んでいた“悪の枢軸”に当たりますね)と、防共協定(これは、共に防御する意味だと当初思っていたところ、後に「共産主義の侵攻を防ぐ」という意味だったと知りましたが、知ってました?)を結び、それ以外の多くの国々とは、戦争状態や国交断絶状態、あるいは侵攻の対象となる国であったわけで、そういう国々の言葉を学ぶということは、事実上、その技量を活かして諜報活動を行うことを意味していました。

その先生は、まずは学校で中国語を徹底的に頭に叩き込まれるとともに、中国人の考え方や行動パターンさえも完璧近くにマスターさせられてから、中国本土に、一般の中国人になりすまして生活しながら諜報活動を行うように命令されていたそうです。

その授業では、工作員として中国で暮らしていた時に体験したエピソードがいろいろと散りばめられ、中国語を学習できる上に、中国人のものの考え方や行動パターンなどもいろいろと聞かされました。

まあ、今ではそのほとんどをうろ覚えでしか記憶していないのですが、ひとつだけ鮮明に覚えていることがあります。

日中戦争も末期になると、戦況がしだいに日本に不利な状況になってきて、各地で、中国人による「日本人諜報員狩り」が始まり、その先生もかなり厳しい尋問にあったそうです。

その先生は、まずは現地の人たち(当時は殖民された側の立場の中国の人たち)とも、むしろ公平に接して仲良く暮らしていたので、事情を知っている中国人の仲間が、「彼は中国人だよ」とかばってくれたのですが、それでも徹底的に日本人を炙り出すことを当局から義務付けられている尋問係が、いろいろな「罠」を仕掛けてきたそうです。

日本人は、何かに非常に驚いた時に発する言葉が「嗚呼!」とか「うわあ!」と叫んでしまって、実は日本人であることがばれてしまうのですが、その時に「アイヤア!」という中国人独特の叫び声を挙げて切り抜けたところ、ようやく信用してもらったそうです。

そういうわけで、その先生にとって、中国というところは、生活のために諜報活動を行わざるを得なかった国であるとともに、いろいろと自分を助けてくれた人たちが暮らしていた土地でもありました。

1970年代後半、当時は、毛沢東政権の後を継いだ「四人組」の時代も終わりを告げ、その“悪行”の糾弾とともに、鄧小平がしだいに権力を握りながら、国家経済としては少しずつ市場経済への移行が開始され、今日の「伸びゆく中国」が胎動している時代で、自分としては、そういう中国に関心を持ってくれた日本人学生に対して、中国語とともに、中国人のものの考え方や、文化習慣を教えていくことで、中国への恩返しとともに“罪滅ぼし”をしたいという気持ちで、授業を進めていたようです。

その当時使用された「教材」は、北京放送製作の「中国語会話入門講座」で、ある意味正統派の教材でした。

興味深かったのは、中国では、今でも多少その傾向が見られますが、紙というのが非常に貴重なものであり、テキストに使用されている用紙が、日本のテキストではまずは使われないような、わら半紙のような紙質であったことを記憶しています。

実は、先日ちょっとモダンな印象のある、銀座のはずれにある中華料理店に昼食を食べに行く機会があったのですが、そこの箸袋の紙質がまさにそのテキストと同じもので、中国人にとって、紙というのは非常に貴重品だという意識があるからこそ、ちょっと気取ったレストランの箸袋にも良質の紙を使用しないという習慣をいまだに守っていることを実感したしだい。

なんせ、最初に「紙」を発明したのは中国の人たちだったはずですから、そういうことにプライドを持っているのでしょう。

さて、その北京放送製作の教材には、オプションで音声教材も付属しており、1年間の授業の終わり頃に、その先生のツテで、音声カセットテープを購入することができました。

まずは、実際の授業でその先生のチャイニーズ・ネイティブスピーカー並みの発音(なんせ、中国人の尋問係に彼が日本人だと見破れなかった訳ですから、生死を賭けて習得した中国語なわけです)で教わった後に、そのカセットテープで本場の中国語を聴いたことになります。

ただし、そのように学んだ中国語ですが、私はむしろ先生の話すエピソードのほうに興味が移ってしまい、いまだにヒアリング能力のほうはさっぱりでした。

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2006年11月27日 (月)

かなり寂しい「ばんえい競馬、廃止へ 帯広市も断念」のニュースが

かなり寂しい「ばんえい競馬、廃止へ 帯広市も断念」のニュースが入って来ましたね。

http://www.asahi.com/national/update/1127/HOK200611270001.html

というのは、スカパーの「Ch.795 懐かし音楽★グラフィティTV/keiba」

http://search.skyperfectv.co.jp/prog/channel/795.html

では、懐かし音楽(という割にはかなり直近の90年代までの音楽をも含んではいますが)を、当時の映像とともにBGMやBGVとして流しっぱなしで聴けるので、数年前から愛視聴していましたが、このチャンネルの名前が示すように、「懐かし音楽と競馬中継の相乗り番組」で、昼間が主に競馬の実況中継で、夜が懐かし音楽という構成でした。

元々はノスタルジーあふれる60年代から80年代頃までのミュージック視聴が目的でこのチャンネルを契約したのですが、ある時深夜にテレビをつけたまま眠りに就いてしまい、翌朝が休日だったためか昼頃から競馬の実況中継が始まり、チャンネルをそのままにしてなんとはなしに、帯広でやっている「ばんえい競馬」というものを初めて映像で観たのですが、これが私の好奇心を異様にそそる内容だったのでした。

レースについての知識は、「ばんえい競走 Wikipedia」等で確認していただくとして、その面白さは、一度は映像で観ていただかないとなかなか伝えることが難しいのですが、まずは文字情報でなんとか伝えてみようと思います。

まず、通常の競馬と同様に、それぞれのレースに出場する競走馬がパドックで巡回します。(私は、馬券は買いませんが、レースを観たりするのは結構好きです)

その際、競走馬はそりを引かずにパドックを闊歩するわけですが、テレビでしか観たことがないので、その大きさを実感していませんでしたが、件の朝日新聞の記事から引用すると、

***

ばんえい競馬は明治末期、北海道開拓を支えた農耕馬の力比べを楽しんだことから始まったといわれている。体重がサラブレッドの2倍もある輓馬(ばんば)が数百キロの鉄のそりを引き、200メートルの直線コースで二つの坂を越えて競う。馬力や持久力が勝敗を分ける世界で唯一の競馬で、04年に北海道遺産に選定された。

***

とあり、サラブレッドより遥かに大きな体躯をした馬種とのことですから、実物に接したらさぞかし圧倒されてしまうのではないかと思いますが、テレビで観る限り、ばんばはちょっと逞しい競走馬という程度の印象でした。

そして、パドックでの巡回による馬券購入者のための「馬定め」がひととおり終わると、やがて、通常の競馬レースと同様に、レース直前にファンファーレが鳴り響き、出走馬のゲートインが完了した直後にゲートが開くと、色とりどりの勝負服に身を固めた騎手を乗せた重い鉄製のそりを引きずった競走馬が一斉に勢いよく飛び出し、第一関門の「丘」を楽々とクリアして順調にレースが進んで行くのですが、ここから、このレースの本当の見どころが始まります。

なんと、今まで快調に先頭を切って走っていた馬が、第二関門の「丘」の手前で、その心理的な圧迫感のためか突然立ち止まったりしてしまうのです。

この光景を初めて観た時の驚きは、まさに、筆舌に尽くしがたいというのがぴったりでした。

そして、急に一時停止した先行馬が白い息をハアハアと吐きながら呼吸を整えたりしているうちに、他の馬は、先行馬を追い抜いたはいいが、「丘」の途中でスタミナが切れたのか立ち往生してしまったり、また別の馬は牛歩戦術のようにスローモーションでしか坂を登ることができず四苦八苦してしまったりと、およそ我々が普段見慣れているスピード感あふれる近代競馬とは別次元の競馬が展開されるのでした。

その光景をひとことでいえば、まさに“修羅場”という言葉が最も相応しく、騎手がいくらムチを振るっても一歩も先に進まずとうとうレースを脱落してしまう馬もいれば、大部分の馬が最後の「丘」に対して苦心惨憺しているシーンが毎回観られます。

しかしそんななか、ある一頭の馬が意を決したかのように、騎手の“愛のムチによる激励”に応えて最後の力を振り絞ってなんとかゴールインすると、多くの馬たちもそれに引きずられるかのように次々とゴールインするという、何ともいえない感動を、レースを観ているものに与えてくれるのでした。

ところが最近は、「Ch.795 懐かし音楽★グラフィティTV/keiba」の番組表を見ても、「ばんえい競馬中継」の予定が入っていなかったのでどうしたのかな、と思っていたのですが、とうとう廃止になるというニュースを聴いて、かなり寂しい思いにかられましたね。

いわば、これまで北海道日本ハムファイターズを支えてきた小笠原(北海)道大選手が、諸事情で北海道を捨てて東京に「戻る」のと同じような寂しさとでもいえましょうか。

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2006年11月17日 (金)

さて、「大都会、ちば」といえば

さて、「大都会、ちば」をひとことでいえば、「自分の育ったところ」となります。

まず、幼稚園に入る前に柏市に住んでいたことがあり、その時には、中日ドラゴンズに入団する遥か前、まだ早稲田大学の大学生ですらなく、たぶん県立習志野高校の生徒だった頃の谷澤健一氏の実家である電気店で、私の両親がいろいろと買い物をしていたというエピソードもあります。

詳しくはコチラを↓

http://homepage3.nifty.com/TAMAGAWA/dra/nest/view_nest200309.htm

その後、いったん名古屋に親が転勤になり、そこでドラゴンズ・ブルーの洗礼を受け中日ファンになったのが小学校低学年の時で、当時、ドラゴンズ不動の四番打者だった江藤慎一選手の息子さんが隣のクラスにいて、ある日同級生たちと江藤選手の家を見に行ったという記憶があります。

いわゆる、玄関先でピンポンを鳴らして逃げ帰ってしまうっていうやつですね。

まあ、本当には鳴らしませんでしたが。

さて、その後、小学校低学年の途中で、再び親の仕事の都合で東京に転勤することになり、一瞬だけ東村山市に住んで東京っ子になったと思ったら、今度は借家の住宅事情改善の都合で、すぐに千葉に引っ越すことになりました。

そこからは、結局、大学生活の途中に東京でアパート暮らしをするまでずっと千葉にいたわけで、基本的には千葉県人といって差し支えないと思っております。

まあ、その間、いかにドラゴンズファンとして苦労したかのお話も、こちらに少々。↓

http://homepage3.nifty.com/TAMAGAWA/dra/nest/nestsw09.htm

で、結局何が言いたいかというと、これですね。↓

新しい千葉県ロゴの作成について - ロゴの画像。千葉県庁

現在、このロゴにブーイングが殺到しているとのことで、既に千葉を離れて十数年経ち、今や半分ぐらいは東京人になってしまった身としては、もうお気の毒としかいいようがないわけですが。

このロゴをデザインした方のプロフィールをみると1933年生まれなわけで、失礼ながら御年73歳になられるデザイナー氏、もちろんいろいろと賞をとられたデザイン界の重鎮の方ではあるのでしょうが、そのようなベテランの方に、若い感覚で垢抜けた新しいロゴを、と依頼すること自体に無理がありますよね。

まあ、千葉自慢?については、本日はこれぐらいで。

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2006年6月22日 (木)

ところで、なんかバーター臭い気がしますね。

ところで、なんかバーター臭い気がしますね。

小泉の自衛隊のサマワ撤退宣言と、BSEアメウシ輸入解禁のドンピシャタイミング。

つまり、牛で(自衛)タイを釣ったわけだ。

あるいは、二十年後の民間人の脳より今の兵隊さんの命のほうが大事、と。

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