カテゴリー「趣味」の記事

年末進行という言葉を

ご存じでしょうか。

このところ、心に浮かぶよしなし事は多々あれど、年の瀬の慌しさに紛れてそれをWEBの浮舟にまとめて載せる暇がさすがにありませんが、その割には多くの方々がこのサイトを訪れていただいているようで(?)、うれしい限りです。

さて、普通、何か新しいことを始めるのはよく元旦からといわれますが、天邪鬼な性格のためか、突然トレーニングを始めることにしました。

さる(といっても朝倉ケンタ投手ではありませんが)、熱狂的な中日ドラゴンズファン、それもアンチと肯定派両方のタツ●ミファンを取り込んでいることで有名なサイトの、あるWEBマスさんが挑戦した「ビリーズブートキャンプ」に対抗したわけではありませんが、学生時代に、体育会系的文化系部活(まあ、最近流行の言葉でいえば「のだめ系」)に参加した経験があるワタシには文化系のトレーニングがふさわしいということで、川嶋隆太教授監修の「脳トレ手帳」を始めることにしました。

この手帳ですが、例のNintendoDSなどで流行った「脳トレ」を手帳形式でやるというのがミソで、DSのを私も一時やりましたが、どうも「やらされ感」が強くて、結局途中で断念した人が多いと思います。

それに、DSでは、「音声認識」機能を使って文字の色を答える演習があるのですが、これで「キイロ」と発音すると「お前の発音が悪いので今の答えは×」と機械に言われる人たちが非常に多かったそうで、私もそれにむかついていた一人でした。

それに比べると、手帳形式だと、いろいろと自分独自の工夫ができるので自由度がありますし、スケジュールを管理する手帳は別に愛用品があるので、手帳というよりはワークブックとして使おうという目的で購入しました。ちなみに、日付を記入する日記欄は「自由記入式」になっていて、いつでもスタートできて途中で中断してもよい「親切なつくり」になっています。

この手帳に入っている演習としては、「音読」やら「V-CATあるいはクレッペリン検査モドキの計算」やら「脳にいいコラム」やらと、いろいろと盛りだくさんですが、「毎日の食事を記録して記憶する」という演習が案外ユニークで使えると思いました。

毎日食べるメニューを、朝昼晩と記録し続けて、「週末テスト」でそれを思い出すというもので、私はテストは好きではないので週末テストはやらないと思いますが、記録をつけてみるとこれは案外面白いものであると実感しました。

さて、トレーニングの成果ですが、1週間ほどたちましたが、まあこういうものは効果測定が難しいでしょうね。

DSでは、一応診断テストによって「脳年齢」の判定をしてくれましたが、それで脳力が上がったかというとよくわからなかったというのが実感でした。

ただたんに、そのテストをうまくやる能力が向上したという感じでしたから。

元々「脳トレ」は、主に高齢者の認知症をはじめとする脳機能の低下等を防止したり改善する目的で開発されたということで、その実証データに基づいて作られたと聴きましたが、したがって、主目的は「脳機能の低下防止」であって、「脳力向上」は副産物(上がれば儲け物)であると考えるのがちょうどいいと思っています。

今のところ、この手帳のイチバンの効果は、毎回の食事を記録しようと思うようになった、ということのようです。

| | トラックバック (0)

気まぐれ更新連載「私のマイ中国語会話ブーム」その4 さて、それでは「皆様のNHK」が製作した非常に学術的で真面目な内容の番組の題名ですが

さて、それでは「皆様のNHK」が製作した非常に学術的で真面目な内容の番組の題名ですが、それは、2001年秋に放映された「NHKスペシャル 日本人 はるかなる旅」という5回シリーズものの特集教養番組でした。

日本人のルーツを探るという、なかなか魅力的なテーマを扱った番組で、その第3回放映分「第3集 海が育てた森の王国」は、縄文人のルーツを紹介する内容でした。

そして、番組の冒頭で、まずは氷河期時代に始まる、ある地域についての紹介があり、それが「スンダランド」と後世に呼ばれる地域であり、その地域を再現したアジア一帯の地図とともに、その地域が、氷河期が終わることで海面がどんどん上昇した結果海中に没するCG映像が衝撃的に映し出されたのでした。

現在、この番組はDVDで入手できますし、いくつかのオンデマンド放送でも視聴できるようですが、その一端を垣間見れる、公的に発表されたサイトとしては、「国立科学博物館」に以下のものがあります。

http://www.kahaku.go.jp/special/past/japanese/ipix/3/3-02.html

***

約7万年前頃からはじまる最終氷期には、海水面が低下したり上昇したりをくりかえしました。

海水面が低下したときには、現在のインドネシア付近の島々は、ひと続きとなってスンダランドと呼ばれる陸地になっていました。海水面が上昇したときには、今と同じような島々に分かれました。

アフリカからきた新人(ホモ・サピエンス)は、陸上の食物だけでなく、丸木舟やイカダを使って海洋の食物を利用し、徐々に人口をふやしていきました。

東南アジア海洋民の誕生といえるでしょう。

やがて、彼らは、ここスンダランドを新しい故郷として、アジア各地に移住・拡散していきました。

丸木舟で黒潮に乗って北上し、琉球列島にまで到達した人々がいたことでしょう。彼らの子孫が、港川人や縄文人になったと考えられます。

***

上記の淡々と記述された文章からは、その様子がはっきりとはわからないと思います。

が、それがNHK製作の番組映像では、広大な東南アジアとオセアニア近辺の地域にまたがる“大陸”が、1万数千年前には本当に存在しており、その後、氷河期が終わり(正確にいうと、現在は前の氷河期と、次にやって来る氷河期の中間に位置している「間氷期」にすぎないのではないかという説もありますが)、やがて海面が100メートルほど上昇して、だいたい、今日の世界地図に表されているような陸地の姿になったわけです。

そして、その広大な「スンダランド」が、海面上昇の影響であっという間に海中に没していく様子を、時間軸を早めた世界地図上での移り変わりを再現したCG映像で見せられた瞬間、「あ、これこそムー大陸伝説だったのではないか?」と思ってしまったのでした。

もちろん、この「大陸の沈下」は、チャーチワードが主張したとされる、一昼夜で行われたものではなく、たぶん数百年、ひょっとしたら案外短期間の数十年単位で生じた出来事だったかもしれませんが、現地に暮らしていた、日本人のルーツの1つであった縄文人の祖先、あるいは東南アジア人やミクロネシア人を含む多くのアジア・オセアニア地域に暮らしている人たちの祖先にとっては、まるで、毎日毎日、海が陸地を飲み込んでいくように感じられ、恐怖に慄いていたはずです。

つまり、そういった恐怖の出来事の記憶が「沈んだ大陸」の伝説として子々孫々に口承され、さらに後世文字が発明されてその記憶を石版や粘土板に記録する技術が確立されると、その伝説が石版や粘土板という記録媒体に残された可能性は非常に高いのです。

それを、たまたまインドに少年兵として駐留していたとされる、ジェームズ・チャーチワードが、インドの山奥あるいはチベットにいた僧侶から、あるいは古物商の土産物だったかもしれませんが、“石版”を見せられ(もちろん、この話自体の真偽は定かでありませんが)、それをもとにイメージを膨らませて壮大な謎の大陸に関する「創作」をしたのかもしれませんが、少なくとも太平洋のかなたの東南アジアやオセアニア地帯の一帯に「スンダランド」という“大陸”が実在していて、それが氷河期の終わり、すなわちアジア人の祖先が築いた文明の勃興期(抽象的な概念を、人類が言葉で子孫に伝承することが可能になった時期)に海中に没したことまでは、学術的な見地から見てもかなり信憑性が高いのでした。

***

おっと、これが肝心の「中国語会話」とどうつながるかということですが、昔、世界史の教科書で習った、「殷、周、春秋戦国、秦、漢…」と始まった中国国家の歴史ですが、現在の研究では、「殷」の前にも都市国家や文明の存在が発見され、いろいろと研究されていますし、ひょっとしたら太古に実在した「スンダランド」の歴史から、現在、少しずつ解明されつつある中国“超”古代文明につながる「ミッシング・リンク」が今後も発見されるかもしれないのです。

ただし、その真相は全て大陸棚(このネーミングも言いえて妙ですが、元々氷河期の終わりに沈下した陸地が、広大な“大陸”の棚のような形状をしていることに由来しています)という、はるか100メートル下に位置する海底に眠っており、将来氷河期が再び地球に訪れて、海面が100メートル以上低下した時のお楽しみということになるのでしょうか。

さて、それでは明日からは「本題」に戻る予定?です。

| | トラックバック (0)

気まぐれ更新連載「私のマイ中国語会話ブーム」その3 さて、ここであえて趣向を変えて「脇道」にそれます。 

さて、ここであえて趣向を変えて「脇道」にそれます。

元々の動機が、

「ラニューベアーズに代表されるチャイニーズ台北や北京五輪を経て国際経験とプロ意識に目覚めたチャイナスターズのスター選手たちが、中日ドラゴンズ主催試合の終了後に、お立ち台で話される中国語の生の声をダイレクトに理解するために、今から準備を始めよう」

というものだったので、チャイニーズ台北という漢字が主流の国なのに、何故「ラニュー」という変わった名称の球団なのかということを、Wikipediaで調べてみました。

***

La Newベアーズ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

加盟団体 中華職業棒球聯盟
創設年度 2004年
フランチャイズ 高雄県鳥松郷
本拠地 高雄県立澄清湖棒球場
収容人員 35,000人
親会社 La New
監督 洪一中
タイトル リーグ優勝:1回
(優勝年度) (リーグ戦)2006年

La Newベアーズ(La New熊、ラニューベアーズ)は、台湾の中華職業棒球聯盟所属のプロ野球チーム。台湾大聯盟から中華職業棒球聯盟に移った前身の「第一金剛」が身売りとなり、現在のチームとなった。チームカラーは緑。

親会社は靴製造業の「La New」。現在打撃コーチとして巨人に在籍していた呂明賜が在籍している。

***

つまり、親会社は靴製造業の「La New」とあるように、“La”というのはどうやら冠詞のようで、この「物語」の「エピソード0:ラニューの復習」

http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/cat5124629/index.html

で、私が言い間違えて、ラ・ムーと電話口で言ったことは、あながち大きな間違いではなかったことになります。

ところで、当時「猫も杓子もロックバンド開始宣言症候群」が猛威を振るっていた芸能界で、生き馬の目を抜くショウビズ界でこのままトップアイドルとしてサバイバルしていくことに人一倍敏感だった菊池桃子が結成した謎のロックバンド、「ラ・ムー」ですが、私はこのバンド名のいわれは、超古代文明マニアが特に喜ぶ「ムー大陸伝説」にあるのではないかと睨んでいます。

ムー大陸は、特に男子の超古代文明マニア(もちろん、私もその中の一人に含まれかもしれませんが、私の場合は、オタクと呼ばれるほどの知識がないのが玉に瑕です)が特に引き寄せられるテーマです。

ひょっとしたら、その層の開拓を目指して菊池桃子がその名前をバンド名(ただし、「ラ・ムー」(Ra Mu)という呼称は大陸そのもののことではなくて、ムー大陸にいたとされる神官に使われた言葉だそうで、さらにマニアックなわけですが)に冠したのか、あるいはそういう事務所の方針だったのかもしれませんが。

なお、ムー大陸については、現在では、その存在を主張したジェームズ・チャーチワードの「創作」ではないかという説が有力です。

これも、過去のいろいろな“とんでも本”を読み漁るとともに、Wikipediaの「ムー大陸」でその一端に触れると理解が早いかもしれませんね。

ところで、私は果たして「ムー」という“大陸”が実在し、なおかつ、そこに高度な文明が存在していたかどうかについての確信は持てないのですが、ある番組で、「あ、これこそ『ムー』だったのではないか!」と思わず叫んでしまった記憶があります。

それは、なんと「皆様のNHK」が製作した非常に学術的で真面目な内容の番組でした。

| | トラックバック (0)