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闘病も街路樹も「第2ステージ」に突入

2008年 4月19日(土)
本日の試合、ドラゴンズは打線が爆発してベイスターズに快勝しましたが、敵の打線も活発にヒットを量産し、安打数は同じ14安打だったとか。

http://dragons.jp/game/scoreboard/2008/index.php?date=20080419

ドラ打線が効果的にタイムリーを打ったり、本塁打を打ったから点差がついたという報道が多いようでしたが、むしろ、ドラ内野陣、特に荒木が相手の痛烈なゴロをことごとく捕球してタイムリー安打を防いだことによる点差ともいえますね。

その当たりがタイムリーヒットになっていたら、相手打線はさらに勢いづきピンチは拡大し、いつものハマスタで見られるノーガードの打ち合いで両軍へとへとになるような消耗戦に突入していたかも。

荒木様様でした。

また、この試合で、ベイ側の三番手で登場した、ルーキーの小林太志投手は、2006年のドラフト直前のNHKのスポーツ番組で、我らがアサタクとともに取材された、小林太志投手でしたね。この年のドラフトでは指名がありませんでしたが、今季、晴れてプロ野球選手になれたんですね。

早速、中村ノリから“プロの洗礼”を浴びていましたが、勝負はこれからだ。敵チーム所属ではありますが、エールを贈ります。

http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_0eb4.html

さて、デジほりさんが、自身のブログで、4月17日付けのトーチュウに紹介されるという「予告」があった

http://rironha.blog63.fc2.com/blog-entry-596.html#596

『ドラブック’08』ですが、昨日(4/17)のトーチュウの18面、芸能欄の一番下に「トーチュウ情報クリップ」というコーナーがあって、そこの書籍紹介記事の1冊として取り上げられていました。残念ながらちょっとわかりくいところに紹介されていました。

Img235

Img236

第1面から第3面までの中日関連記事面で紹介されていたら、関東のドラファンに効果的にアピールできたと思いますが、まあ、記事をどこに載せるかは、それぞれの記事を担当するセクションの縄張り合戦なので、芸能欄に掲載せざるを得なかったのでしょうね。

また、以下のスコアで、本日の対讀賣戦で、齢39歳にして、1対0の完封劇を演じた、広島東洋カープの左腕投手、高橋建の投球の様子がよくわかりますね。

http://sports.nifty.com/baseball/cs/score/npb/2008041903/1.htm

3回と4回のピンチを、2回とも併殺で切り抜けて、一気に調子に乗ったね。

そこにもってきて、5回裏にシーボルが援護点をちょうどよいタイミングで取ってくれたので、ますます絶好調に。

後半も、連続見逃し三振に斬って取るなど、乗り乗りの様子が目に浮かびます。

「南西対談」の対談相手の東山にしこさんも大喜びでスポーツニュースをはしごしているようです。

一方、私は、先日入院していた病院に出掛けて、その後の十二指腸潰瘍についての問診を受けた結果、潰瘍の回復は順調ということで、薬も約6週間飲み続けたので、いよいよ今度はピロリ菌を除菌しようということになりました。

つまり、第2ステージ「ピロリ菌との対決編」に入ったことになりますね。

治療は、1週間、除菌専用の薬を飲み続けるというもので、以下の薬が処方されました。

パリエット錠10mg  1日2回×1錠、合計2錠(これは、今までも飲んでいた胃酸の分泌を抑える薬)
サワシリン錠250  250mg  1日2回×各3錠、合計6錠(抗生物質。細菌の感染を抑える薬とのこと)
クラリス錠200  200mg  1日2回×各3錠、合計6錠(抗生物質。細菌の感染を抑える薬とのこと)

上記の薬を、朝食後と夕食後の2回に分けて飲み続けていく治療ですが、ちょっと副作用があり、お腹を壊す恐れがあるとのこと。

しかも、途中で薬を飲むのを止めるとピロリ菌に抗生物質に対する耐性ができて、薬が効かなくなってしまうそうで、一気に退治する必要があるのだそうです。

案外手強いぞ、ピロリ菌。

病院の外の街路樹は、退院時は満開だった桜並木が、現在は花が散り青々とした葉を繁らせていました。

Img227

桜の木は、花が咲いている時は葉が繁らず、花だけの桜色がことさら目立つのですが、花が散って葉のみが繁っている桜並木も生命感が溢れ生き生きとしていて、なかなか趣があることに初めて気が付きました。

花は散っても青葉は繁る

桜並木も「第2ステージ」に差し掛かったことになりますね。

●本日のレコーディング

桜海老と高菜の発芽玄米入りおにぎり


きつねうどん、野菜ジュース 


桜海老とじゃこのおこわ、24品目のサラダ

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祝! 井上一樹選手会長一軍復帰記念

「祝! 井上一樹選手会長一軍復帰記念」ということで、5月4、5、6日にナゴヤドームで開催された「竜祭り」観戦をした時に撮影した写真をアップします。

まずは、「竜祭り」のポスターと、

Ryu_matsuri_poster22_1

「I LOVE CD」ポスターのコースケ・バージョン。

I_love_cd_kosule21

本当に「I LOVE CD」ならば、来季も残留してほしいなあ。

ちなみに、前月(開幕前の3月と4月)までのバージョンは、こぼれるような笑顔が印象的な、井上一樹選手会長のものでしたが、この時期にドームの内外に張り出されているポスターは、全てコースケ・バージョンに差し替えられており、唯一の例外として、ドラゴンズのグッズショッップ「プリズマ・クラブ」にカズキ・バージョンが、ひっそりと貼り出されていたので、それを撮影しました。

I_love_cd_kazuki21

さて、道順としては逆ですが、ナゴヤドームの最寄駅である、地下鉄名城線「ナゴヤドーム前矢田」駅を降りて、ドームへと向かう地下道には、今やナゴド近辺の新たな名所となりつつあるイオン・ショッピングセンターの協賛で、「DRAGONS ROAD」と名付けられたフォトギャラリーが設置されています。

Dragons_road_200722

Dragons_road_2007_up22

※ちょっとピンボケですがご容赦を。

☆  ☆  ☆

ちなみに、この「DRAGONS ROAD」は、昨年、イオン・ショッピングセンター・ナゴヤドーム前矢田店が新規オープンした際、イオン株式会社の協賛で実現したもので、私は昨年のゴールデンウィークにも対横浜戦を観戦しに遠征し、その時にもこのロードを撮影しました。

Dragonsroad200622

Ion_ouen_20062

いいねえ、これで私は一発でイオンさんのファンになりました。

そして、昨年の選手紹介は「四文字熟語」でした。

代表例をいくつか挙げてみましょう。

Yamamotomasa_enjukukoutou_20062

Kawai_hyakuenrenma_20062

Araki_denkosekka_200622

Ibata_bigikensyu_20062

Tatsunami_andaseizou_20062

Iwase_tetsujinkunrin_20062

☆  ☆  ☆

さて、2007年版のフォトギャラリーの先頭には、井上選手会長の熱いメッセージが掲載された写真が掲示されていましたが、 この時点でも、彼はファームで調整中。さぞかし無念な毎日を送っていたことでしょう。

Kaicho_message_2007_222

なお、写真の中に奇妙な光のスジが見えるものがいくつかありますが、実は、この辺りは、その昔太平洋戦争中に空襲にあった地域で、多くの犠牲者が出たそうですが、その犠牲になった人たちの地縛霊でも、ましてや、ヒトダマのあくまで科学的に解明された範囲内での主成分であるプラズマでもありません。

さる見解によると、ヒトダマ、あるいは火の玉と呼ばれる現象は、確かにプラズマで組成されてはいますが、そのプラズマに、残留思念、いわば霊魂とでもいうべきものが入り込んでいるのだそうです。さすがに、現代科学では、残留思念を計測する機械は、本当の意味では開発されていないでしょうから、そこのところは「藪の中」なわけですが。

単に地下道を照らす蛍光灯が映り込んだものですので、除霊の必要はありません。

ご安心を。

そして、ナゴドへと向かう地下道では、ドラゴンズ選手たちの写真と、彼らの「特長・特技」を表す「2文字熟語」が添えられ、そのうちの特長的な一文字が大きく強調されていました。

あくまで、個人的な好みで撮影したものをいくつか挙げてみますと、

まず、「変」フォームが特長の鈴木投手(祝! 先日の一軍昇格)と、

Suzuki_hengen_okamoto_kihaku22

並んで写っているのは、昨季まではとにかくワンバウンド投球が多くてファンをハラハラさせていたが、今年は投球の安定感抜群、守護神岩瀬への絶対的なつなぎ役をこなす、(ワンバウンド投球がほんとんどなくなったうえに、きちんと打者を抑えられるようになった)地球に優しい“ECO-MAJIN”に変身した岡本投手の「迫」という文字は、今年の好成績によって、より一層の輝きを増しているともいえますね。

そして、イケメンというよりは、とにかくカワイイという言葉が似合う、彼の特長を表す2文字熟語がまだない、ルーキーの浅尾拓也投手。確かに「秀」なんて熟語を当てたら、先輩方からヤキを入れられちゃいますしね。

Kawaii_takkun_222_1

ところで、極めて個人的な見解ですが、浅尾投手は、テレビ通販でお馴染みの、ジャパネットたかたの高田明社長1948年長崎県平戸市生まれなので、間もなく還暦ということになりますが、若く見えるねえ。)に似ていると思いますが(特に、眉毛の角度と曲線が)いかがでしょうか。

また、我らが選手会長は、こんな感じ。

Kazuki_tosotsu_222

カップリングされた隣の森野は「強」ということで、やはり守備よりとにかく打って目立て、というのが衆目の一致したところなのでしょうね。

井上会長の2文字熟語は、リーダーらしく「率」でしたが、「統」を訓読みすると「すべる」なので、「(ギャグが)スベル」という、非常に意味深いメッセージも込められているな、と勝手に解釈しました。

そして、このフォトギャラリーを横に眺めながらナゴドへと向かったのですが、ロードの終わりのほうでは、ドラゴンズの歴代の優勝関連写真が掲載されていて、昨年10月10日に東京ドームで開催された、対讀賣戦の優勝決定試合写真も掲載されていましたが、そこで思わぬ発見をしました。

全景はこんな写真なのですが、

Yusho_photo_in_tokyo_dome_20071010_zenta_4

この写真をよーく見えると、あの日、私はレフト・ポール際の外野席で観戦していたので、ひょっとしたらこの写真の中に自分が写っているのではないかと思ったら、なんと、監督、コーチ、スタッフ、選手たちと一緒に万歳三唱をしている瞬間の自分の姿を発見することができたのでした。

Yusho_photo_in_tokyo_dome_20071010_niseb_6

ただし、超微小サイズ(対D社鎌田圭司選手比)で写っているため、このままモザイクなしの状態でも安心して(?)掲載できるレベルの解像度で写っていました。

この時、隣の席には、プロのスポーツ・カメラマンにして熱狂的なドラファンという貴重な人材のJ氏がいて、一緒に感動を分かち合い、実は彼も一緒に写っていたのですが、残念ながら、前列の観戦者の右腕によって彼の顔全体が隠されてしまっており、結果論的には彼のプライバシーも守られたことになりました。

Yusho_photo_in_tokyo_dome_20071010_mrj22

さて、これを機会に、昨季優勝決定試合当日の模様を振り返った自分の「日記」を改めて読み返してみましたが、

http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_19da.html

http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_2abf_1.html

この「DORAGONS ROAD 2007」のフォトギャラリーで、ちょうど「半年前のオレ」に再会できるとは夢にも思わなかったので、貴重な体験をすることができました。

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浅尾拓也投手が初先発での初勝利を挙げた記念に

先日の広島遠征第2戦で、浅尾拓也投手が初先発での初勝利を挙げた記念として、この試合そのものの映像ではありませんが、その前の広島遠征、4月13日(雨天中止)、14日(朝倉の好投虚しく敗戦)、15日(打線が爆発して「サンデー中田」を援護)の、15日に開催された広島市民球場での7回裏に中継ぎ投手として浅尾投手が登板した映像をお送りします。

http://ryuunosu.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/152_2f41_1.html

この試合、ドラゴンズが初回に1点先制するも、中盤で同点に追い付かれた後再び引き離し、さらに次の回すぐに竜打線が爆発し、試合の趨勢が決まりかけてやれやれと思って、観戦していたバックネット方面2階席でのんびりしていたところ、7回裏に突然浅尾拓也投手の登板を告げるアナウンスが流れ、慌てて2階席の最前列にへばりつき、デジカメの動画撮影を行ったものです。

途中で画面が乱れるお見苦しい点も多々ありますが、浅尾投手の「広島デビュー」の貴重な記録映像としてご容赦ください。

この時、初球の速球が電光掲示板に152キロと表示され、球場が一瞬どよめいたのを記憶しています(その表示を撮影しようとオーロラビジョンにカメラを向けたら、残念ながらすぐに消えてしまいましたが)。

結局、最初の打者中東選手を速球で詰まらせてセカンドゴロに打ち取った映像を記録することができました。

http://dragons.cplaza.ne.jp/game/backscore07/score070415.htm

彼は間違いなく、近い将来に中日ドラゴンズを背負って立つ投手の1人になります!

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私の予想以上に浅尾拓也投手の人気が沸騰

私の予想以上に浅尾拓也投手の人気が沸騰してますね。

この土日、本ブログのサブタイトル「気まぐれ~」が示すように更新をさぼってはおりましたが、実はこの間、浅尾拓也投手と安倍昌彦氏関連のサイトやブログをROM漫遊して、情報収集(2ちゃんねるの“ちょっとちょっとちょっと”な情報も含めて)に努めておりましたがなかなか興味深かったです。

浅尾拓也投手に関しては、いまや、これまで「非ビジュアル系軍団」とまで揶揄されていた我が球団を変革する、“イケメン”救世主とまで呼ばれていて、キムタクにあやかって「アサタク」という愛称がほぼ定着しつつあるようです。

なかには、中日ファンでもなさそうなのに、「ハンカチ王子なんて目じゃない」という記事を書き込む女性まで現れ、本格的なアサタクフィーバーが訪れるかもしれませんね。

そして、男子の熱狂的ファン代表とお見受けした、「理論派塾D」というブログ(重いのが玉に瑕?)の、デジタル堀さんの11月の取材記事には感動しました。

彼がアサタクの存在に注目し、日本福祉大学における彼の活躍を調査した末に、急遽「愛知大学リーグ」1部2部入れ替え戦を観戦した後、遂にアサタクに突撃取材を敢行し、中日入団を“懇願”し、最終的にアサタクが無事中日に指名されるまでのドキュメンタリーは感涙ものでもありました。

一方、安倍昌彦氏を“同志”と慕う人たちも各地に存在し、話によれば、彼の“ブルペン”キャッチャー取材行脚では、何回か骨折までしているとか。

まさに、アサタク&アベマサフィーバーが世の中を席巻しそうですね。

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浅尾拓也投手と中日球団にとっては万々歳の結果とはなりましたが、ここからは、私の勝手な推測ですが

浅尾拓也投手と中日球団にとっては万々歳の結果とはなりましたが、ここからは、私の勝手な推測ですが、今回は球団もそれなりに「手」を打ったのではないかと思います。

つまり、万が一、楽天や西武やヤクルトが、中日に先んじて浅尾拓也投手を指名することがないように、あらかじめ「指名回避のお礼」を提示していたかもしれませんし、社会人野球の内定先であった東邦ガスにも「お騒がせのお詫び、および牽制球団の役割のお礼」ぐらいはしていたかもしれません。

一応、FA争奪戦で撤退を決めたことによる、豊富な「小笠原資金」が手元にあったわけですから、それをもっと有効に使おうと思ったら、目先の利益より将来の投資に使うほうが断然いいわけです。

またそれは、必ずしもお金ではなくても、人材のやり取りだったり設備保全などだったりと、他にもいろいろな方法が考えられますしね

逆にいえば、中日球団としても、それほどまでしてでも、浅尾拓也投手は獲得したい選手であったということになります。

それは彼の素質や将来性とともに、地元出身のスター候補を多数抱えることで、何としてでも地元出身のスターを育てたいというのが、現在の中日球団に課せられた大きな課題でもあるからです。

いまや「常勝球団」となった中日ドラゴンズが目指すべき道は、地元にさらに愛される球団であり、さらに、地元出身のドラゴンズのスター選手たちの活躍する記事を目当てに購読者が拡大することを目論む親会社のためにもなるということでしょう。

一方、地元出身選手のうちでも、とりわけ浅尾拓也投手は「ドラゴンズ愛」が強い選手のように見受けられました。

それは、指名獲得権が中日に確定して自分の入団が確実になった際に、浅尾拓也投手が記者会見で、思わず涙ぐんでしまった点にも現れています。

http://chuspo.chunichi.co.jp/dragons/tp2006/tp1122-1.htm

私の推測では、彼は大学3年生までは、「このまま野球を続けて、まずは社会人野球の球団に入れればいいな」という希望ぐらいしか持っておらず、プロ野球の投手になるのはまだまだ先の話、と思っていたところ、突然最終学年になってみたら自分でも驚くほど実力が向上し、それまでは、単なる憧れの存在でしかなかった、中日ドラゴンズの一員になれる可能性がぐっと高まってきた。

まさに、魔法使いの“おじさん”から「キミはプロで十分通用するよ」というお墨付きの「ガラスのシューズ」を贈られたシンデレラが、それを履いていそいそと舞踏会に出掛けたところ、逆に自分を狙う“魑魅魍魎”が跋扈している世界に恐れをなして家に逃げ帰ってしくしく泣いていたところ、「このガラスのシューズはあなたが履くべきなのではないですか?」と、愛しの王子様から直々にオファーを受けた、シンデレラの心境とでもいったらいいでしょうか。

というわけで、何はともあれ浅尾拓也投手と中日にとっては非常に好ましい結果となりましたが、彼を温かく見守っていた安倍昌彦氏が番組の最後に漏らしたひと言、「ちょっと心配」というのが、少々気になりました。

たぶん、長年“ブルペンキャッチャー”として多くの“超アマチュア級=プロ予備軍”投手の球を受けてきた彼のマスク越しの眼から見ると、浅尾拓也投手の純真無垢なココロと「精神的な線の細さ」が、“ちょっと”気になったのでしょう。

要するに、プロ野球という厳しい競争社会でやっていくには、ずば抜けた素質は当たり前、むしろ、決してキレイ事だけでは済まされない“神経の図太さ”が必要で、浅尾拓也投手の場合にはこれからそれを鍛えていかないと、重圧に潰されてしまうかもしれない…。

こればかりは、本人の自覚と、周りのケアが必要かもしれませんね。

プレッシャーで潰すわけにもいかないし、かといって過保護に育てて結局は伸び悩んだケースも過去にたくさんありましたしね。

とはいえ、近頃珍しく純粋で真のドラゴンズ愛に溢れた人材が中日ドラゴンズに入団してくれたのですから、これからは、彼の成長をドラゴンズファンは長く温かい眼で見守っていくことにしましょう。

浅尾拓也投手の“夢”を「現実」に変えてくれた、流しのブルペン“ドリーム”キャッチャー安倍昌彦氏とともに。

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次に登場したのは、日本福祉大学から、大学・社会人ドラフト3巡目で中日ドラゴンズに入団が予定されている浅尾拓也投手と、安倍昌彦氏の交流の話

次に登場したのは、日本福祉大学から、大学・社会人ドラフト3巡目で中日ドラゴンズに入団が予定されている浅尾拓也投手と、安倍昌彦氏の交流の話でした。

NHKの最初の取材映像では、浅尾拓也投手がドラフト会議で指名される直前の状況で、いろいろな不安にかられていた彼を、安倍氏が激励に行くシーンから始まりました。

浅尾拓也投手は、日本福祉大学という、プロ野球選手の出身大学としては、全国的にはほとんど無名といえる大学に所属しており、それが、今年の愛知大学2部リーグの試合で浅尾拓也投手がノーヒット・ノーラン試合を演じたり、150キロを超える速球を記録したりと、大学4年生になって急激に実力を付けて来て、俄然、プロ野球のスカウトの注目を集めて来たわけで、いわば、「シンデレラ・ボーイ」的な人材といえるでしょう。

日本福祉大学は愛知県にあり、地元球団である中日ドラゴンズのスカウト陣は早くから目を付けていたとのことですが、それ以外のチーム、たとえば東北楽天ゴールデンイーグルスや西武ライオンズ、東京ヤクルトスワローズといった球団も急遽指名を検討しているとのことで、指名順からすると、中日より先に他球団が強行指名してしまうかもしれないという報道もされていました。

http://chuspo.chunichi.co.jp/dragons/tp2006/tp1121-1.htm

浅尾拓也投手自身の希望としては、子供の頃からのドラゴンズファンであり、中日ドラゴンズに是が非でも入団したいし、中日側も上位指名は確約してくれてはいるのだが、一巡目指名の希望枠ではないというところに悩みがありました。

すなわち、今年の中日ドラゴンズの戦力補強の第一目的は、まずは「ポスト谷繁」の役割をも担える即戦力捕手の獲得であり、希望枠指名選手の一巡目は捕手を指名したいということで、東洋大学の田中大輔捕手を一巡目で指名する公算が強いとのことでした。

一方、中日に是非とも入団したいと思っていた浅尾拓也投手は、万が一、中日より先に他球団から自分が指名されたら、地元愛知県の社会人野球で採用が内定している東邦ガスに入団して、2年後に再びプロ入りを目指そうか、というところまで思い詰めていたそうです。

そんな状況下で、以前、浅尾拓也投手の球を受けてその驚異的な素質をいち早く見抜いていた安倍氏は、浅尾投手からの相談に乗る形で、ドラフト会議開催直前の微妙な時期に、彼を激励に訪れたのでした。

安倍氏が浅尾投手のもとを訪れると、そこには心細そうな表情をした浅尾投手が待ち構えており、安倍氏がいろいろと尋ねると、食事が喉を通らないほど精神的に追い詰められているとのこと。

つまり、長年の夢だった、プロ野球の投手としてマウンドに立つことが現実になりそうな上に、それに加えて、自分が子供の頃からのファンだった中日ドラゴンズに入団できるかもしれない、という二重の喜びとともに、果たして本当にプロは自分を指名してくれるのか、そして、たとえそれが実現したとしても、うまく中日に入団できるのだろうか、というように、いろいろな不安が心をよぎり、一種のパニック状態に陥っているようにも見受けられました。

結局、安倍氏としても、「くよくよ悩んでもしかたがないから、気楽に構えて天命を待つしかないよ」というような趣旨の言葉を投げかけ、彼の肩を抱いて激励した後にその場を離れるしかなかったようです。

その後、映像は、大学・社会人ドラフト会議での選手指名の場面に切り替わり、中日ドラゴンズの三巡目指名選手として、無事、浅尾拓也投手の名前が呼ばれたシーンとなりました。

それを、東京にある『野球小僧』編集部にあるテレビ映像で確認した安倍氏をNHKが取材しているシーンも映され、インタビュアーの「無事、浅尾投手が中日に指名されましたね?」という問いかけに対して、「いやあ、よかったという気持ちもあるけど……ちょっと心配!」という安倍氏の言葉で締めくくられ、このコーナーの番組が終わりました。

http://chuspo.chunichi.co.jp/dragons/tp2006/tp1122-1.htm

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さて、皆様のNHKといえば、12月3日(日)のNHK「サンデースポーツ」内の企画で、『流しのキャッチャーとアマチュア投手たち』

本日から「本題」に入るつもりだったのですが、日曜日に新鮮なネタが入ったのでそちらを先に。


さて、皆様のNHKといえば、12月3日(日)のNHKスポーツ報道番組「サンデースポーツ」内の企画で、『流しのキャッチャー(とアマチュア投手たち)』という特集コーナーが放映され、スポーツライターの安倍昌彦氏(51歳)が紹介されましたね。

私は、彼のことをこの番組で初めて知ったのですが、彼は、ちょっとユニークな日本野球界専門雑誌としてその道のプロに有名な『野球小僧』(白夜書房刊)で、「安倍昌彦の流しのブルペンキャッチャーの旅」というコーナーを担当しているスポーツライターとのことで、知る人ぞ知る人だったそうです。


現在の主な執筆の場が『野球小僧』なので、他の媒体は積極的に取り上げていなかったようで、私も詳しくは存じ上げませんでした。

しかし、今回全国放映のNHKに取材されたので、一気に知名度が上がったことでしょう。以下の『野球小僧』関連のブログの記事と、同誌の連載がオススメです。

http://kozo.boxerblog.com/kozo/2006/12/12_c6d4.html

さて、番組の内容に戻りますが、彼は51歳という老骨(失礼!)に鞭打ち、各地の有望なアマチュア球界に属する投手を取材するために全国を巡っているそうですが、その際の取材方法が非常にユニークなものなのです。

「流しのブルペンキャッチャー」の異名が示すように、かつてアマチュア野球でキャッチャーだった経験を活かし、今日でもキャッチャーミットを構えて、取材対象者であるアマチュア投手の「凡百の言葉で取材するより、彼の魂のこもった1球」を受けることこそ、その投手の本質がわかるという信念のもとに、そういう取材スタイルを続けて全国を取材旅行しているのだそうです。


番組内では、「彼が球を受けたピッチャーは9割、その後日本のプロ野球球団に入団している」と紹介され、彼の取材対象となってキャッチボールを申し込まれたアマチュア投手は、ある意味プロ野球の投手としてのお墨付きをもらえるというような意味合いまであるとのことでした。

取材を受けるアマチュアの一流投手からすれば、相手の肩書きがスポーツライターという文筆業で、いくらアマチュア野球の捕手経験者だったとはいえ、51歳という年齢を聴けば、たとえ取材時に完全装備のキャッチャー仕様でバッテリー間に座ってキャッチャーミットを構えられても、「(ケガでもされたら大変だし)手加減しなくちゃね」と思って投げてしまうはず。

そして、今回の番組では、彼の取材対象者として、まずはJR東日本の小林太志投手とのキャッチボールをする取材風景から始まり、安倍昌彦氏が、いかに取材対象者の“本気の一球”を引き出すテクニックに優れているかを紹介していました。


それを、何球か投げさせられていくうちに、阿倍氏のキャッチング技術がしっかりしていることがわかる上に、自分が多少は力を込めて投げたボールを受け取った直後に、「ああ、今の球なら、走者一掃のスリーベース(を打たれるな)!」みたいな調子で彼に煽られ、「ナニクソ!」と、つい本気の速球を投げさせられてしまったら安倍氏の勝ちとなります。


今回の取材でも、結局、小林太志投手の打者の内角低目を鋭く抉る“渾身の一球”を遂に投げさせ、見事に自分のキャッチャーミットに収めることに成功した阿倍氏の満足そうな笑みが大きく映し出されました。


さて、ここまでは、「なるほど、変わった取材方法をするスポーツライターもいるもんだなあ」ぐらいに思っていたのですが、次に登場した取材対象者が、浅尾拓也投手という、中日ドラゴンズファンにとっては無関心ではいられない人材であったわけですから、俄然関心が高まってきました。

なお、ここから話を続けるとまたもや長文になるのでこの続きはまた明日。

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